是より小赤沢ハ程近しと尋急く 左右を眺ニ 巽の
方と覚しく 苗場の頂出頭して見へけれハ 

紅葉をわけ登りたり苗場山
ひと夜寝し秋を慕ふやなへ波山

又 西の方に当り 赤倉山の其頂石巌尖に 鋒 其万
仭の峯より少し下たに石鉾と云ふあり 本ハ三抱は
かりにして 末へ細く 六・七間も有ぬよし 遠望定かならねと 
実ニ聞しに増る瑞石とやいはむ 是や川西の屋敷村
の持山 頓て両三日の内ニハ近く臨まんと打ち過ぬ 都て
中津か川東ハ 村と村との境と云ふとも 大樹蒼茫として
日の光を禁し 岩石畳々として行路嶮し 偶々先ニ
記せしか如く 村家近けれハ 大樹原切り広け 小木ハ
焼払ひ畑となす故 日光朗也 既ニ今宵の泊 信濃国
小赤沢村ニ黄昏の頃やゝ着ぬ 此所 山の尾崎の斜な
る所を像りて 扶疎ニ二十八軒の家遠近ニ見へ 山颪
肌に入渡り 今夜の夜具を一向案し煩ひ いかにも大なる
家を見立て宿乞ハんと桶屋か云 此村ニ近頃福裕の
者ニ市右衛門と云ありて 近年家も建直しぬ 我等か
外々に泊れハ 漸々たけ短の布子一ツ位 それさへ村ニより
借したり借さぬたり 一とせ外の宿ニ泊し時噺ニ 此村二十
八軒の内ニ 里のやうの夜着持たるハ市右衛門はかりと
云ふからは 此家へ宿を乞ハんと 暫前後の村家を詠めて
小坂を過て 桶屋先ニ進んて往見るに 六間・四間位の 此村ニ
稀なる壁塗たる茅擔の新宅にて 是や屈竟の宿
なりと 桶屋先に進んて戸口へ入るに 能うちんなったと云
ニ 今宵一夜の宿の無心と頼ムニ此処ハ米かない 粟飯ニ
茸汁てもよいならと云ふに 米も味噌も 野菜も持参せり 
宿かして呉れハよいと云ふ 草鞋解き 秋山の風ニ土足洗
はねハ衣類も穢る故 水盤ニ行ニ 筵のうへを泥足なから
爪立て行く 洗足して家内を見渡すに 土間住居な
から 座敷と見へたる纔の間 殻椽にして 又 其傍 閨か もの
置処かして 九尺四方の入口に古筵一枚垂れ 勝手は所
せまき迄取り散らし 台所も一ツニ続いて 切れ筵を敷 
地炉ハ五尺四方位にして 八・九尺も有ぬへしと思ふ大なる割
木を 鍋不相応ニ焚けれとも 何となく門先の見懸けより
内ハ曽我殿と予め見廻して 股曳 脚絆解かんとする
処へ いかにも薄き山菅織の 手製の畳と見へ 其裏は茅
を以竪横にさしたるハ 此辺藁に乏しき所ゆへかくあ
りなん 是より殻椽の座敷らしき所より 揚床と見へしを 
二畳持ち来て敷き 其うへに打ひろけ 等閑ならぬ深山
住居故 いとゝ寒さに堪へかねけるに 主ハ 火棚にてつへんの
当らぬやう炉はたてと云ふ 頓て帯〆 其所へ据るに 首
あたりて 平座せねハ此大火に近寄りかね  主のくどと云ふ
ハ 大なる火棚ニして 八・九尺の二本の木を大なる縄にて釣
下け 其上ニ茅簀を敷 粟穂を山の如く積み上け
干置く事 是まて度々村毎ニ見たるも然り 鍵付ハ 
真中ニ上け下けなしに 又木をさけ 鍋の大小により 蔓に
二寸乃至四・五寸の定結付の縄ありて 自在ニ懸け 火
箸と云ふもなく 木の枝を以てつくろひぬる 此家に婦
人三たり見へ 家の翁ハ我等より先へ山に帰れとも 
日落てもまた当亭主らしきハ山挊して帰らす 倩
婦女共の俤を見るに 髪ハ結とも油も附けす いかにも裾短
きブントウと云を着 或ハ其うへに細きぬと云袖なしを
も着 如之 帯様のものも綻是ニ順す 実ニや玉簾
の内ニ育し王后も貌に醜あり 壁薦垂の中ニ生
れても艶ある諺の如く 二人の婦人ハ里ニも稀なる
面さしにて 又 一人ハ肥太とたる於多福なり 秋山とて 
豈衣類・髪・體・言葉・品もやう替るとも 古歌の如く 
植へて見よ花の育たぬ里もなし心からこそ身ハ残
しけれ と胸中独吟して 主兄弟等か帰るを聞く 
古今の物語ニ秋の長夜を更さんと 楽ニ一義終る
や否や 主の弟らしき真黒な二十斗りなるをはしめ 
男女三・四人炉縁を腰掛にして跋扈て 股引杯を
土地馴貌ニ履かす 炉の中へ足さし入 灰の附く事も
厭ハす 打解噺内ニ 桶屋ハ手料理ニ 今朝清水川原
にて買ふたる生舞茸を味噌漬の出しに松魚節
を掴込ミ 其味ひ我宿ニも増されり 是長途の労の
故ならん 持参の白米焚貰ハねハ能いに 愚弱離々
と 予ハ歯なしと云とも 粥の如きを 縁欠け 塗へけたる
赤椀に盛り揚け 白木の大なる杤折敷ニ据へ 宿の
菜とて 汁椀ニ里芋・大根様もの細まかに 味噌汁ニ
して煮たるを味ふに 其の下ニ 六・七部の厚キハ小判
形りの堅き灰色のものあり 我等あたりの粉な餅の
如く 是必秋山の粟餅ならんと 一口味ふに咽へ通らす 宿
の男女か見る目も笑止しく 口ニ含みしは味ひ 予推量
ニハ 糠なから挽し粟餅ならん 翌日の旦 途中の徒然ニ ゆふへ
煮物の中ニ粟餅ひと切れあり うは置と見へ 芋・太根も
ありと云ふ 桶屋か答へニハ それこそ秋山の名代の豆腐ニて 
大豆を浸し 石臼ニ挽く事ハ里ニ同しけれとも 袋漉し
ニもせす 殻を取らす 其儘こね堅ため 煮湯ニ入れ 是
を名附て粉豆腐と云ふ 一とせ我等宿ニて 蝋燭や
油のない村々なれハ 姫小松を灯し 山刀ニて輪切ニいたし 
渡しに懸焼き味噌を附なから 其家の婆か自慢ニハ 
渡しニかけてもこうれぬと桶屋か噺にすかりて 予ハ
歯なき儘に興して 

松明の篝にかたき粉豆腐を
はして砕いて鵜呑にそする

扨も膳過 此家の趣向を日数立ちならハ忘れ勝ちと記
侍りぬ 斯くて我等か膳過て後 家内の者ハ一方ニ輪
組 真中ニ手細工の曲けものゝ大櫃を置 又 其脇ニ 彼の
煮物の鍋も見へ 欠け鍋のうへに 姫小松を長け二尺
位に細く割りたるを灯とし其明り宛も二十匁位の
燭の如く 此家の老翁八七十に余る齢なから 白髪も
少し斑ニ見ゆる迄ニ 壮年の如く 日もすから山挊して 
夕膳ハ族と一ツニ皆平座し 親椀ニ稔付稔付粟・稗
ニ小豆纔ニ交せるを 男女共ニ喰ふ景色ハ 里人の
及ふ処ニあらすと思ひぬ 又 四方を見廻すに 此村の
長なから 据風呂・行燈・燭台様のものも見へす 況煙
草盆・屏風杯ハ更なり  予小便ニ立んと灯を乞ふに 
例の松明を燃し 家内の者案内するに 草履・下駄
やうのものも見へす 兎や角路地を見巡す内ニ 太き草
履一足持ち来るも 小便所へ用ぬ 右やうの事ニて 
此辺の野鄙なる事思ひやりぬ 始めて考るニ 雪隠
に行くにも 必徒足ならん 是山挊して草鞋なからの 洗
足せぬ俤ならん 予ハ野雪隠にして 其中の様子ハ知
らす 皆這入口ハ筵や薦垂れにて 戸仕附たるハ此後
湯本而己なり 余りに舞茸沢山ニ 汁もすゝりけれハ 咽乾い
て 幸ひ東ニて求めし茶を出すに 茶煎ハ爰元も又
鍋欠けにて 土瓶ハ扨置き 薬鑵もけふ処々立寄る
家ニも見へすかく 鉄の茶釜の一ツか二ツのみ 元来木
沢山の大火に年来用ひし故 鉄気抜け 潤川の下た
流の清冷故 茶の味我等か里よりも一入也 家翁ハ 嘸
馴ぬ山路を来いさへて草臥れてあり 据風呂へ入れ
申たかった 翌日も泊ったなら据風呂を湧かさんと 二
遍ニ名を附 親子の者か云ふを 桶屋ハ予か分らぬ
かと 今夜遅く泊った故水風呂ハ立ませぬと云ふ  やゝ
焚火ニ暖まり 翁か噺を筆ニ記す 翁か曰 己ハ七十
五ニなれとも山挊か好て 毎日毎日夜明から日か暮れ
ねは内へ戻らす あとの月迄ハ 手*の立つやろうハ皆
杤拾ひに出します 十月より春迄ハ杤を喰ひ 年中
の事としてハ粟・稗 或ハ小豆も少しツゝ交せれハ味よく 
朝ミハ稗ニて焼餅 近年ハ世と共ニ驕ニなったから 菜の
餡杯も入る 小手前の者ハ 粟糠ニ稗を交 焼餅ニ
する 是より上の村ニ 上の原・和山なんす杯てハ 年中杤勝
に 又 楢かまの実杯たへ 夏秋時分ハ 雑すいに蕪の根
葉共ニ刻ミ 粟少し振り交せ 或家内三・四人の者なれハ 
右の通り蕪大割ニ 雑水の煮い立時 稗の粉一・二合も入
れて掻廻したへる 己か内杯ニハ 此村て一番の上食 適々
商人杯泊れる時ハ粟の一色の飯まいらすと云 予
其杤の製法 迚もの事ニ聞たしと云ふニ 途々見さ
った通り 此谷ハ杤沢山の処て 真直ニ 幾抱となき
大きなるか何程もある 其実か八月笑み落たを
拾ふて 胡桃の如き皮あるをむき 又 粟の皮のやうなる
もむいて煮る 是を手まて粉ニして 荒ラ篩ニ懸け 
渋を取る 竹の簀のうへに布を敷き 其のうへに粉を
乗せ 平ラニ均し其上へに水を打ち 粉の散らぬやうに
しっとり致し 掛水の自然と流れ来る底へ沈め かやう
にすれハ自ら垂る 此の中に投する事凡四日位ニ
して揚け 木綿袋ニ入て絞り 左様すれハ水ハ皆出流
れて粉ハ袋ニ残る 其白き事雪を欺く 是を其儘
椀ニ盛り喰ふ 又 杤餅と云ふハ皮を剥き 小流へ数日
入た後 内へ持来て三日灰ニ附 暖めて 又 灰を掛る 
夫れよりほて籠のやうの物ニ入て灰を濯き取る 其
うへ煮て餅ニ搗く 餅ニしてハ少し鼠色かゝり 又 粟
糠と稗を一ツニ煮交せれハ堅くなる 正月の上餅ハ粟斗
りもみ合すると柔かこくなり いつ迄も永く用ひ 稗・粟
加へ*ハ 冬中時々喰ふ 油断して出し置くと凍る
事 里の十倍故 立処ニ氷る故 念ニ念を入れて仕
末いたす 尤 只の杤ハ沢山あれとも 餅ニする杤ハ稀なり
と云ふ  又 問ふ 此村ハ壁塗たるハ 纔に当家と 外ニ
当本家の一*切りとの事 余ハ是迄村々にてさつと見
渡た通りの茅壁なり 何故なれハ かくやと尋ねるに 己
若い時ニ 秋山中ニ一軒も壁付たる家もなく 近年
里振りの真似して 近頃迄も此家も堀立なれとも 
造り替へる折 地幅も据 貫も柱ニ通し 村中ニ算る
程の家なれとも 此村半過は皆堀立家 壁を塗に
下地からもの入 柱ニ穴彫る手間やら 第一茅藁不
自由 其うへ 壁にしても冬ハ雪の為 茅ニて塞かねハ
ならぬ故 見られた通り蓑毛の如く掻付る 夏冬共ニ
構ふに及ハすとなん  又問ふ 此村二十八軒の支配の庄屋
ハ誰やらんと云ふに 庄屋ハ信州高井郡箕作り村嶋
田三左衛門と云 彼の地辺ニて大身なよし 地頭ハ御代
官と申す事た 和山・上の原並此村の枝甘酒村迄 
都て御上納ハ鉋役と申して 纔斗り差上るのみ 外ニ
何も年中立っても懸るものハないけれと 年々春毎ニ 
椹檜の白木を以て 手細工に 大なる盆を拾枚 年始ニ 村中
ニ村中の割合ニて持ち行か一年中の勤めと 幸ひ其
折敷一枚 垢付かぬありて見せけるニ いかにも縁高く 
並々の膳より二・三寸も広く 足もなし 此後ち 上結
東ニ 舎りし時膳も白木ニて 寸法此通り 是なん古風
の姿今に残りての事ならん 又 里へ出して交易のもの
を問ふに 粟・稗・荏・木鉢・木鋤・樫・檜・松の盤・桂板・
椹・白木の折敷 秋ハ干茸・縄杯居なから商人か買ニ
来る 又 里へも 疱瘡ある村や市町へハ恐れて売に
行かす 其余の村々へハ 何か売にも往くとなん 又問ふ 
此秋山ニて百姓ニ成るハ六ヶ敷事哉と云ニ 家さへ
作って出れハ 九尺二間ても其儘百姓ニなる 昔ハまた
家数も余程の所 去る四十六年以前の凶年ニ 多く
餓死ニ断絶したるものあり 今てハ又相応ニ家も数々
出来たり 故ニ年々山々も伐り広け耕作致すや 年々
春一度ツゝ 組頭か折敷年頭ニ持行く序ニ 村中の
宗門帳・印形を携へ 箕作へ 是より十里ある処へ 百姓
惣代行と云 又 問ふ 雪中ハ 男子ハ木鉢・曲物の類
業ありても 女子ハいかゝと問ふに 近年ハ里の真似して 
浅黄の立縞の縮織るけれとも 夏ハ 足手叶ふものハ
皆 男女共ニ 山挊ニ一寸の手透かないと云 又問ふ 是
迄尋ねし村々の内に 清水川原や此村ニハ 小田二・三枚
宛 家近き処にのみ甚珍敷見請けたりと云ふに 
稲ハ村ニ寄り少しツゝ新田を起し*極早く此秋山
て仕附たもの五十年に届かす 遅きものハ 右の小田
十四・五年以来と 実ニ村中ニ算る斗り故 藁迄も
大切ニ致すと云 又問ふ 秋山中ニ夜具ハないけな 漸々
村々寄り一ツか二ツ切に聞く 此義はいかゝと問ふに 寒中
の寒い時分はブウトウを着 其うへに細衣をも着る 
此細きぬハ 山より刈来たるイラと云草ニて 織ると里
の商人ハ蝋袋ニするとて買ふ 極寒の時でも夜具ハ無
い 右の衣類着た儘にて 帯も解いたりとかぬたりして 
炉縁を枕にし 又ハ炉縁たに横たはり 帯解たるもの
ハ常の着ものを*儘にかけ 炉ニハ大なる割り木を 
夜の明けるまて焚故 火のざくざくと溜り 四方の炉端に
寝たるもの 目の覚たもの火をつくろひ 其火気を便
りに寝申 又 焚火を離れ寝るものハ 叺の中ニ這入て
臥せる 夫婦は取わけ大きなる叺一ツニ這入りて寝る 
家も小手前の者ハ古風を守る それても風を引く
事ハない 是此土地ニ馴育たる事故と云  又 縁組
の事を問ふニ 昔より聟も娵も取組ハ此秋山切りにて 
里よりハ迎へす 万一女杯か里へ出て里の人に嫁し*と 
親子親類の縁ハ切り 一生涯不通になると云ふ 
又 問ふ 此村は秋山ニても古き村と承る也 故ニ往昔
より家ニ秘蔵せし黒駒太子の掛軸ありとなん 何人か所
持か 是非ニ翌日ハ拝見いたしたし 又 此村ニ昔より系図
の一巻所持の者ありと聞く 是も明日逗留してもよし 
手引を頼む 此両種 古郷へ土産噺ニ仕たいと尋るに 
此秋山と申ハ 十月又ハ十一月より春へかけ 雪の内ハ里の
往来 東西の村々 雪か垓に 家も埋む斗り 左右共ニ山
山を頂り 其の真中ニ中津川ありて 第一 冬春共ニ山の
うへより雪頽はいつ何時突落まいものてなし 中々嶮岨
しき山路*て 里へハ往来断 封し籠めたる蝸牛の家の
やうに致し居る 吹雪や雪頽て 菩提寺近頃極りあれとも 
告遣るにも心ニまかせす 此菩提寺と申も また百年ニハ
届かす 我等か寺ハ掬山の龍言寺にて 次第に世か驕に
成り 雪無き時分ハ 菩提寺より引導師とやらか来て取
置くなれ共 己若い時分ハ 夏冬共ニ此黒駒太子の懸物
て 何の村方よりも借りに来て 是を死人のうへに三遍廻すか
古例引導なり 故ニ雪中四・五月ハ菩提寺へ無沙汰にて 
銘々此太子の絵像の箱ニ入れたを惣秋山中借りて 返
す時ハ布施として 身分ニ応し 廿五文の 三十文の 又ハ身上
能きものハ百文も施物添へる也 秋山中ニ堂の 庵室の 
僧なとゝ申もない 又 系図とやらハ 拙本家 平右衛門と申
者か家伝ハリ 此村ニ寄らす秋山中ハ明き盲目て 其
主始め 何を書たる事やら知らす 只々昔より明けて見る
事ならぬ大切の物とて 里の人か稀ニ願ふても見せ
申さぬ 家のてっへんに結附て 迚も願ふても見せないと云 
抑々 此平右衛門と申 苗氏ハ福原にて 百年以前迄ハ 
此福原と山田の氏二軒切 此二苗氏か根本ニて家数も
増し 一軒も他苗ハないと云 期秋の夜の宵ならんと思ふ
頃 家内の者か 茶の間の旦那殿ハ座敷へ祖父を連
れて往と 己是から夜職か有ると 横座の薄畳二枚なか
ら 彼の九尺二間の一間へ敷き 家翁諸共に立退き戸
をさし込め あたりを見廻すに 傍の閨とも覚しき境に 
此家たけと見へ 地仏堂もありて 小さき釣り棚ニ太神宮
の御宮もありて 纔なる七五三縄張り 其脇ニ勧請も少し
見へたり 只秋の夜の肌寒一入にして凌きかねしに 翁ハ 
族か夕膳のせつ灯の台にせし欠鍋には灰も入て有
るに 灰火沢山ニ入れ持来たり 細く割たる松明をこの
鍋の端ニ置き 燭の光りの如し 

黄昏漫寂宿夷郷 炬火炉端座中央
味噌無摺落獣藩 飯米不磨投熱湯
杤膳垢附蜘蛛下 赤椀殊剥蒼蠅搶
昌被家内臨景迹 皆委苔袂着衣裳
序ニ云 此土地*て身上の佳なるを茶の間と唱ふ 譬ハ箕
作村庄屋三左衛門ハ箕作りの茶の間と云とかや 予ヲして
茶の間と云ふハ尊敬の言葉ならん 又 旦那とハ通例ニして 
殿ハ極敬たる様子也 先年 近在大沢村大沢法印 大勢
にて苗場へ登り 下山の道ニ迷ひ秋山を通るに 秋山人も不
思議ニ思ひ 先ニ進んて 大沢寺の行を 法印様殿何所へ
往すと聞しよし 是法印様ハ常の惣名ニして 殿ハ敬って
助言ならんか 

密に戸を細く明けて勝手を覗見れハ 昨夕より今宵迄 
先ニ記せし大なる干棚のうへの粟穂を家内の男
女か落す躰 取りわけ男は赤裸ニ 此寒冷も少し
も厭ハす叩き落し 白昼ならは家の内ハ暗闇な
らんに 彼の炉中の大火炎々として明るく 暫しありて
我等里とハ遠し違へし四角なる唐箕にかけ 大なる
叺ニ入れ 其余の火棚 宵の内に扱し粟穂を中高
ニ盛り上け 是ハ又翌朝より三時の食を焚し大火
に干揚け 翌の晩の仕事とかや  扨て欠け鍋の火
鉢に煙草吸ひなから問ふ 抑々道中ニ大木の畑中
ニ 燃焦の立枯あり 壱本焚木ニ割ても尋常ならす 
又 畑ものゝ事も承りたしと問ふに 右の大木ハ倒次第 
腐次第に捨て置く也 かゝる大木を伐りたり 小割するニハ 
悉手間かゝり 尚是より手近なる小木を伐りさへす
れハ 八・九尺に筒伐りにして 二ツカ 三ツ・四ツ位迄ニ小割
して 枝諸共ニ長く伐焚と云 又 大木原を畑ニするニハ 
前の年 手透次第ニ 小木ハ伐り捨て倒し置 斧も及ハぬ
大木ハ 太い所の皮さへ剥いは皆立枯となり 或木の根ニ斧
*て疵附けるもあり 左様して翌年三月下旬 雪消次
第ニ 日和続たうへ 風上より火を附るに 先年伐り倒
たる小木の枝々か焚附ニなり 一面に大火となる 燃て大木
の枝迄火燃上り 果ハ生木の大樹原ニ留る 此灰か
こやしと成り 其年稗を蒔き 翌とし粟 其又翌
年荏又翌年より順々に 粟或ハ蕎麦 又ハ大豆 何
れ粟勝ニ作る事十年 又ハ地元能い処ハ十五年・十
七年皐もの作ると 其のうへハ地元か痩るから捨て置く
と自然ニ茅野となる 其茅さへ 纔の村故刈立られす 
年々寝倒れ 其中ニも立枯の枝もない大木か 見なっ
た通り立てあるはつた 期十年前後茅野にして荒した
うへ 又 茅に火を附燃と 又 茅の灰かこやしとなり 蒔
初めの年ハ前云た通りにて稗にて 翌としよりハこ
やしも仕立られす 少しツゝ何れ畝なしに種を蒔く 此
地 胡麻・麦杯ハ更に出来す 小屋掛ハ雪消次第ニ懸
け 休ミ処ニいたし七・八月時分猪・猿の類か沢山出て喰
荒す故 昼ハ女 夜ハ男が番して 狗を連れて置ニ 獣
さへ見ると吼追往也 又問ふ 当家ハ此里ニても一入目ニ
たつ家作なり 都て秋山の家々に戸鎖なしと聞 当家
杯てハ些用心ありたしと云ニ 此処盗人と云ふ事なく 内へ
盗賊這入た例もない 畑もの取られたと云事もない 博奕
の 酒の 色事も知らす 又 庄屋殿へ地論・境論の出訴杯も
ない 只夜る昼挊を専とする所と云ニ 予も尚又 
秋山人の身ニハ拙き俤なれとも 追従軽薄もなく 里人
ニも附合す 世を安く営其心の功 中々里人の及
所ニあらすと 感歎骨ニ刻ミ 心ニ銘し 赤白の旗
の語り伝へも知らす 蝸牛の角の諍もなく 実ニ知足の
賢者の栖とやいはん 程なう勝手の夕職終れハ 頓て
炉辺ニ又畳敷 只家翁と主か慇懃を謝せんと 裏
打渡紙と筆硯杯も慰ニ持参を幸ひニ取出し 兼ね
て桶屋かさし図ニ 蝋燭ありても細うして 筆の軸やさや
位と云ニ心附て 三十匁掛の燭持参なれハ 燭台を乞
ふになく 何そ水鉢一ツ 絵具も解きたし 奈良茶碗の
蓋ても二ツ三ツ借し玉へと申ニそ 家内の者か棚元を
うろうろと何か穿鑿の躰なれとも 右様の品ないと見へ 
兜鉢とやらの替りにと ちいさな木曾重箱の紅柄ぬり
の模様の附たるに 一盃水汲 薄畳のうへに置くに 忽八
分ン目ニ成りて漏けれハ 是にてハならぬと剥たる親椀
に水入替させ 絵具皿と云ふに 家内の茶呑茶碗を出し
けれハ 自画賛五・六枚書与ける時ニ 家翁紙を灯影
ニ透し見て 此紙ハ何と申と云ふニ 渡紙と答ふニ 渡帋
とハ敢知らす 又問ふ故 唐土の紙と教るに もろこしハ
己かほうても作ったと云ニ 

問名答渡紙 渡紙敢知不 此製教漢土
己等方言為

茲ニ一人の殊ニ醜少婦 蚤か虱か知らねと 炉端ニて立
ちブウトウ着 太と股迄出し 陰所を出さぬ斗ニ 取
ってハ口に含ミ 予か横座ニ見る目も恥ぬハ 流石処
風俗ならん 

ほたの火ニ太股迄もまくり出し
うまき風情を含みたるのみ

扨てもけふの労れニ寝んと云ニ 又 横座の畳二枚敷
き 寝敷ニハ此処ニ織りたる山菅の荒々しきに 夏
夜具の如き 予か衣類よりも狭き袖にて 臥せると臑
から先きハ出るやうなる短きに 彼のイラ苧の屑なと 
里の網苧の屑の如く水中ニ製し 紙漉くやうにして
簀なから干す堅めたを 鄙ニてハ打綿と云 右様のもの
中入と見へ 元より真綿なとハ付ぬかして かたかたと所々
に 仕附糸と云も知らぬと見へ 袖下 裾にひと堅まりに
落ち あちこちと袷になり 扨も此家ハ二十八軒の内にて
身上能く 相応の夜具ならんと思ひしに 可笑しくもあり 
悲しくもあり 袖通さんとすれハ通らす 帯解かねバ
草*直らす 抑々籠履より道中蒲団・綿入・羽折身
上切り取り出し 背中の辺りへ懸け 蛭の堅まった
やうに 時ハ晩秋の長き夜すかに 夢も結すハす 頭
巾真深ニ 二重に冠ても禿天窓寒き故 種々の事胸
に浮ひて絶す 此時始めて我か身のいひ甲斐なき事
を嘆息頻也 昔 上杉霜台公能州責ハ 此晩秋の頃
にして 野陣の時 武士の鎧の袖を片しきて 枕ニ近き
初雁の声と咏し玉いしハ 青天井の俤 かゝる数万の
御大将すら 戦国に夜具一ツ陣中ニなき事想像ニ
堪へたり 是ニ引競れハ 今宵の寝所ハ椽あり 畳もあり 
薄きと云とも夜具もあり取添へ 月星も見へぬ家の
内ニ驕心の発せし事も 一天四海 神君の御余光ニて 
泰平の世ニ生れ合し 生れなからの仕附こそ拠なしと
やいはむ 

秋山夜具独堪* 如蛭一塊更不眠
両袖依狭掛衣類 仕附無糸零打綿
木玉枕悩禿項頸 山菅織惚寝莞筵
終夜持参呑茶故 減多無正往小便

桶屋ハ折々此辺へ来て 寒苦も 食事も厭ハねハ 銘
々の気質にも寄る覧 予ハ鶏鳴旦を報する待ち 
蚤ハ頻にさし 樫枕ニも殆かなしくて 

きつ玉の樫枕ハさしもせて
蚤ハ我身をさし明しけり
薄夜着の処々にうち綿の
ひとかたまりに寝てもねられす

鶏鳴追々報して 亭主ハ先へ起き 家内の者起す声
キャアキャア云ふ様な音せしか 追々起きて大火焚
にそ 頓て起き上り 暫て炉端ニ腹焙り 傍を見るに ま
た朝寝せし男女童 常ニ着た儘ニてきまりもなく 
処々に常の筵のうへに帯も解かす 是また厳寒に
は遠けれハ 少しも寒けも見へす 扨水盤に行きて
手水せんと能々見れハ 棚も少し見へても更ニ盥ハ
見へす 其内 主の妻と見へたるか 傍に中食入る曲
ものさし出すを用ひぬ *て家内の朝食ハいかにと
見るに 鍋ニ青菜を荒く切込んて 塩斗り少し入て
煎菜にし 大なる杤の木鉢に稗こな入てこね 彼
の菜を其中ニ入れ炉にて 大火故忽焙 家内ハ
炉はたへ寄り 膳なしに 幾つも幾つも喰仕舞ふ迄
に 小鍋を掛け 落し味噌の中へ 何か小桶に漬たる
もの 水盤ニて諷と洗ひ 煮へ立て鍋の中ニ入 我等ハ
嗜の茶出して ゆふへの冷飯の残り宿の妻高く盛
り上けるに 此所 朝よりあくむ程縄飯ニ群けれハ 

椀のへりへけつ欠たを笑止けに
蓋したやうに縄のむらかる

汁を盛りたるを桶屋味ひ 是ハ四足の塩漬也 此
処の名物 ゆふへ鶏卵と内の衆か申たけれと
も 鳥は断ものと申けれハ 今朝ハ振り替なされ
たと云 家翁ハ近頃取りし鹿たと云ふに 予 四足猶
断ものなれハ 桶屋ハ紅葉の吸ひもの独呑込共 何ん
膳も秋山味噌ニも口馴て喰ふに 予の栗毛ニ品々
あれハ 茶を力にたへぬ 残る処の汁を童かすゝり
て こんな味噌こいものと云ふ 又 煙草筒をけせると
申 茸をちのこ 同しキの声をけとちと云ハ 取
わけ此小赤沢と云 又 傘をおしっほり 頭巾をてっ
へんと唱ふ事 其余 家内の者か合点の行かぬ
言葉ハ 予か聾の*に聞落しぬ 却而 主親子
か只里振りに言葉改めるを 予か為ニハ不地走
なれとも 其内耳にとまりし異語ハ出ぬ 楽ニ朝
茶過きて家翁ニ問ふ 夜前の話ニ 迚も系図ハ見
られぬ事ならハ 責而黒駒太子の御影拝見取
持ち呉れと頼みけるに 此ハは山田助三郎と申て 
山田の惣本家 段々商人杯か来て願ふても見せ
申さぬ さりなから 上田から遙々来なったから 己
懇意の事故 終一走り行と云ふて 家翁ハ徒足
て其家へ行 暫ありて帰り申ニハ 太子様ハ盆と正
月てなけりゃ開帳ハならぬと 色々云ふても承
知せぬと云 予ハ 適此地へ来て 系図ハ見すとも
此掛物ハ見たいと 是より直参せんと云ニ 家翁ハ又々
己兄を遣りて是非是非と言ハせんと 足早ニ行より
早く立帰り 今少し以前ニ山へ茸狩ニ行 畑ならは己
迎ニ行ても連れて来るに 山深く方角も知らすと
云ニ 予も力落して 彼の唐詩選の一句を吟し 雲
深うして処を知らす 責て助三郎が旧家の風
情を見はや 兼ての草履もあれハ 何れハ此家の
童の案内にて往見るに 螻羽へ頓て手の届く斗り低く 
壁なくて茅掻附たるハいかにも旧ひたる家なり 内ハ
埃たらけに 半ハ下た敷に敷いたる干草の塵
埃にて 住居ハ三間・四間位とも見へたる 家の隅に
六尺四方に囲 入り口に筵一枚下け 旧家と見へ 扉
なしと云とも 地仏堂も見へ 更ニ荘厳の物とてなく 位牌
数々あり 又 此家の妻と見へ 髪ハ藻をつかねたる
を 垢附いたる手拭ニて疎なるを鉢巻 御忌衣の
ちきれを着 ほろほろしたる前帯をし イラ苧の
皮を盤のうへにて製しなから 能う来なったと斗
り 外ニ何んの挨拶もなく 予ハ先刻太子様を拝
み度 申入候ニ 御亭主も留守との事 幸ひ太子
の御堂傍ニありと聞くから参詣ニ参ったと云ふに 
其の婦 家の南の方を指差しける時 齢十才前後
の孺子六・七人 抑宿の童と一ツニ予か跡を追ひて
徒足にて附来たり 此家へも土足なから筵のうへに
来たり 前後取巻て居るを御堂の案内にて行ニ 
九尺四方位の草堂にて戸鎖もなく 箱のやうな
る厨子 長さ二尺斗の何ニ如来やら 箔のむけたるあ
り 仏器様のものも見へす 只三拝して 太子の御影ハ
助三郎か家ニ秘してあらんと帰るに 彼の童供跡先
にあるを倩窺ふに 野良天窓ハ皆首筋迄頭髪
かゝり 稀ニ油も付けす 髪結ふたるハ苧縄に結へり
しな縄にする皮ニて結ふも一両人見へ 衣類ハ甚た
短く 殊ニ破れ 只格別破れぬハ細きぬにて 細き
ハ 里の切れ襷のほつれたる様なと 又ハしな皮を
帯にしたるもあり 

乱髪窺童子 皆悉以山猿 打挙素足
戯怜*叩杤盆
秋山へ傾城ひとりつれるなら
さそや天から降つたとや見ん

扨て宿へ帰り主に問ふ 太子のぬしハいかなる人や
と聞に 平日の業ハ己も同し 野山ニ畑もの作り 又 秋山
村々の祈祷者ニハ 外ニもまた太子の掛ものあり 是を
持歩行呪に 疫病ても孤附ても平愈必すると
云 後ニ聞けは 此助三郎御経一巻知らねと 往古
より黒駒太子の秋山中へ流行して 信仰の余光を
以て 文字さへ知らぬ所ゆえ 只口の内て何か唱へ 右の
掛物を以病人ヲ呪ニ 諺に白帋も信仰次第と云ふ
如く 多く全快聞いて 

ましなひの徳ニ 粟穂もらひため
太子の駒の  飼ひりゃうと云ふ

又 右の画像と表具杯を問ふに 太子ハ黒き馬に乗
って傘をさして天へ登る処 其の下に京の公家衆
とやらか天を見て 二・三人何か持って居ると云ふに 
予絵を畳に書いて 笏ならんと尋ねしに それた
と云 表具とやらハ 金いろの織たものかちらちら
見へれとも 余り古き故わからぬ 又問ふ 軸とて 巻く
棒の右左ニ丸きものあり 是ハいかにと云ニ なんたか
金色のやうて形あり 又絵を書いた帋ハ紙てない 
里から己買ふて来た篩のやうに織たやうて 余り
古くて処々切て 絵も表具とやらもわからぬと云ニ 予
倩々考ニ 表具ハ必金襴 扨ハ錦の類か地ハ絵絹ニ
書ならは押て望なしと答ふ なれとも見たる風情
ニ己興 

太子御影轉真云  伝云星霜七百年
予窺黒駒図乗処  冬春導師限此尊
愚案するに 此主予ニ見せぬ事推量せり 其故ハ絵絹
ハ雪舟・元信時代迄ハ更ニなし 元信ハ小田信長公時
代の人ニて 夫より時代過 探幽・探信の時分より始めて
世ニ行ハる 必此絵智者か見て 必心懸有りそうの
物好ニハ蜜して見せましと 必定評付られてハ尊像の
障りと云ふを 例の秋山育の正直に 真心に更ニ 秋山切り
ニ限り 他邦の者へハ見せぬと一図ニ思ひ定めしならん 
又 智者の説ニ 絹地往昔も仏絵杯ニありと云 追考ヲ待 

さなきたに暮やすき秋の日に 主親子か山挊の差
支ならんと 又 兎や角して 道々の勝景に徐々歩往
かハ湯本迄遅からんと支度ニかゝり 朝飯の残り焼
飯にせんと 粥の如き柔なるを漸々丸め 忽大火
に焼く 家翁と主ハ名残惜しけに 門先へ素足
にて見送り 家内の女ハ立て見やるもあり 居るも
ありて 少し頭を下ける斗なり

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