是より西の山際なる道ハ 都而下結東迄
ハ 東秋山と違ひ 道も殆佳なり 亦 奇樹怪岩筆に
ニ書しかたしと云とも 読人必倦ならんと略して 其
内見捨てかたきをのみ記し侍りぬ  扨も湯本を立て
よりやゝ一里斗りも過て 森々鬱々たる古木路傍ニ 露
茫々たる茅原広原ニ靡き 或ハその中ニ大樹ヲ八・九
尺至乃丈余の上より伐 小枝・葉杯ハなき丈より伐り
倒せし木横竪に 蟠龍の如凄冷 是より少し過きて屋敷
と云村十九軒あり 高低の処ニ扶疎ニ家見へ 信濃の国
箕作り村の庄屋三左衛門支配とかや 此村端にて四方を
眺望するに 頃日川東の秋山ニて詠めし赤倉山ハ 此の
屋敷村の持山にて 乾に当り 万仭の嶮巌尖ニ 壁は上
毛の榛名の奇峯の如く聳 都而群峯韻を押か如く 
時しも紅葉の盛りにて若干の松・檜の類其中ニ常盤の
色を争う 秋山第一の霊山ニハ 石鉾と唱て末は尖く本ハ
三抱はかりなる奇石 峯より少し下りて聳たる巌の横ニ 
斜ニ立つてあり 殊更長も七・八間とかや 九州霧島山の
伊弉諾・伊弉冊の二た尊の天の逆鉾の評を橘南渓
先生も一覧して著述に人作のやうにも疑うて書しか 是
ハ自然ノ真石出頭せし事ハ実ニ奇鉾にして 其の峯々
ハ絵に見し盧山の隻剣峯杯の類ニ比すへきと 暫煙
草吸なから磐石に腰かけて 

赤倉臨石*出頭 望裏分是天浮橋
否二柱現此墳
巍々天外赤倉山 村落纔営画軸間
仙客斫開指線路 担笠曳杖試躋攀

倩々越し方の 予か西遊して三十三ヶ所の*場の長途
を考るに 此赤倉山の風景ハ見す 又 此山のうしろ 西の
方ハ 此辺の諺に 十ニ万仏山と呼んて 山上・山下都而石巌
にて 是を臨ハ 皆大小の岩仏 菩薩ニ似て 立地蔵・居り地
蔵 或ハ大日・寝釈迦と 取り分け大なる岩の仏像ハ 其
心て拝めハ皆仏の名さしに似たり 此霊山ニ上るハ 如月
の頃凍渡りの雪を踏ねハ 常ハ嶮岨に到りかねるとかや 昔
時 水沢村富井喜右衛門と云もの 此奇景を探る実物語
を茲ニ混雑して 見ぬ佳境なれとも荒増を記

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