魚沼郡堀内より十日町へ越る所七里あまり、村々はあれども山中の間道なり。さてある年の夏のはじめ、十日町のちゞみ問屋ほりの内の問屋へ白縮なにほどいそぎおくるべしといひこしけるゆゑ、その日の昼すぐる頃竹助といふ剛夫をえらみ、荷物をおはせていだしたてけり。かくて途も稍々半にいたるころ、日ざしは七ツにちかし、竹助しばしとてみちのかたはらの石に腰かけ焼飯をくひゐたるに、谷間の根笹をおしわけて来る者あり、ちかくよりたるを見れば猿に似て猿にもあらず。頭の毛長く脊にたれたるが半はしろし、丈は常並の人よりたかく、顔は猿に似て赤からず、眼大にして光りあり。竹助は心剛なる者ゆゑ用心にさしたる山刀を提、よらば斬んと身がまへけるに、此ものはさる気色もなく、竹助が石の上におきたる焼飯に指しくれよと乞ふさまなり。竹助こゝろえて投与へければうれしげにくひけり、是にて竹助心をゆるし又もあたへければ、ちかくよりてくひけり。竹助いふやう、我はほりの内より十日町へゆくものなり、あすはこゝをかへるべし、又やきめしをとらすべし、いそぎのつかひなればゆくぞとて、おろしおきたる荷物をせおはんとせしに、かのもの荷物をとりてかるがるとかたにかけさきに立てゆく。竹助さてはやきめしの礼にわれをたすくるならんとあとにつきてゆくに、かのものはかたにものなきがごとし。竹助は嶮岨の道もこれがためにやすく、およそ一里半あまりの山みちをこえて池谷村ちかくにいたりし時、荷物をぱおろし山へかけのぼる、そのはやき事風の如くなりしと、竹助が十日町の問屋にてくはしく語りしとて今にいひつたふ。是今より四五十年以前の事なり、その頃は山かせぎするものをりをりは此異獣を見たるものもありしとぞ。


 前にいふ池谷村の者の話に、我れ十四五の時村うちの娘に機の上手ありて問屋より名をさしてちゞみをあつらへられ、いまだ雪のきえのこりたる囱のもとに機を織てゐたるに、囱の外に立たるをみれば猿のやうにて顔赤からず、かしらの毛長くたれて人よりは大なるがさしのぞきけり。此時家内の者はみな山かせぎにいでゝむすめ独りなればことさらに惧れおどろき、逃んとすれど機にかゝりたれば腰にまきつけたる物ありて心にまかせず、とかくするうちかのもの立さりけり。やがてかまどのもとに立しきりに飯櫃に指して欲きさまなり、娘此異獣の事をかねて聞たるゆゑ、飯を握りてニツ三ツあたへければうれしげに持さりけり。そのゝち家に人なき時はをりをり来りて飯を乞ふゆゑ、後には馴ておそろしともおもはずくはせけり。


 さて此娘、尊用なりとて急のちゞみをおりかけしに、折ふし月水になりて御機屋に入る事ならず。御機屋の事初編に委しく記せり 手を停め居れば日限に後る、娘はさらなり、双親も此事を患ひ歎きけり。月やくより三日にあたる日の夕ぐれ、家内のもの農業よりかへらざるをしりしにや、かのもの久しぶりにてきたれり。娘、人にものいふごとく月やくのうれひをかたりつゝ粟飯をにぎりてあたへければ、れいのごとくすぐに立さらず、しばしものおもふさましてやがてたちさりけり。さて娘は此夜より月やくはたととまりしゆゑ、不思議とおもひながら身をきよめて御機を織果、その父問屋へ持去り、往着しとおもふ頃娘時ならず俄に紅潮になりしゆゑ、さては我が歎しを聞てかのもの我を助しならんと、聞く人々も不思議のおもひをなしけりと語り。そのころは山中にてたまさかに見たるものもあり、一人にても連ある時は形を見せずとぞ。又高田の藩士材用にて樵夫をしたがへ、黒姫山に入り小屋を作りて山に日をうつせし時、猿に似て猿にもあらざる物、夜中小屋に入りて焼火にあたれり。たけは六尺ばかり、赤髪、裸身、通身灰色にて、毛の脱たるに似たり、腰より下に枯草をまとふ。此物よく人のいふことにしたがひて、のちにはよく人に馴しと高田の人のかたりき。按るに和漢三才図会寓類の部に、飛驒美濃あるひは西国の深山にも如件異獣ある事をしるせり。さればいづれの深山にもあるものなるぺし。


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