HOME ▶ 共和村におけるりんご栽培の歴史


りんごの人工授粉

  りんごの受粉は主として昆虫の活動によって行われる虫媒である。その昆虫は密蜂を主体としたコバチ類で、天候が温暖で無風の状態にある時は極めて旺盛な活動を行い、受粉に支障を来すことは少ないが、天候の変化で気温の低下や降雨に遭遇すると急激に飛来数が少なくなる。また開花期間中に病害虫防除のために撒布する薬剤はこれ等有益昆虫の忌避剤ともなり或いは殺滅することもある。薬剤撒布の不徹底の頃は、りんごの開花期には昆虫類の飛来、羽音がにぎやかに聞こえる程であったが、共同による薬剤撒布の徹底に加えて地区がほぼ一斉に病害虫防除を行った為に昆虫類の飛来が極度に少なくなり、場所によっては不結実(から松)現象が発生した。
共和園協では、結実確保の為に花粉の採取から共同開葯所開設により、これにいち早く対応した。
昭和41年4月(1966)には蜜蜂60郡を地内に配置し虫媒介の促進を計り、更に共同開葯所の開設をし対応した。昭和53年から、開花期の4月下旬より5月上旬に小学校の連休に併せ1日余分に人工授粉用の花を摘むために休日を設けている。昭和53年度は全体必要量の32%を小学生の手で採取し、報酬として13~15万円を学校の教材費等にあてている。

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 人工授粉の徹底のために共同開葯所を地区内2ヶ所に設置して、栽培面積の90%強の実施をし、商品性の向上を計った。祝に対しては前年の貯蔵した越冬花粉を用いているが花粉発芽率も60%以上を保つ貯蔵技術を確保し安定生産に努めている。