新田三軒屋地区の山際の農道を南へ約200メートル進み、尾根先を越えると、「上大久保外出」地籍の展望が開ける場所に出る。東を望むと上信越自動車道が走り、その下方に千曲川が光る。屋並みの中をオリンピック道路と新幹線が縦横に走っている。

足元に棚田がゆるやかな傾斜で下まで広がっている。この棚田の畦の一角に横穴式石室古墳がある。南側に開口し、その大きさは直径10メートル、高さ3メートルであり、奥壁は一枚岩(幅1.8メートル、高さ1.2メートル)、両壁は横長の石を五段積み重ね、その上に大きな一枚岩(長さ2.9メートル、幅2.2メートル、厚さ0.5メートル)が置かれている。両側の石積みは崩れているが原形は手前まで積まれていて、もう一枚上石が置かれていたのであろう。更にこれに盛土がされていたとすると、直径20メートル、高さ五メートルくらいの大きな古墳になることが想像される。研究者の話によると、この古墳は六世紀後期に創られたもので、この地方を支配した権力者一人の墓ではなく、何人かを葬った墓ではないかといわれている。東南に広がる豊かな地を治めていたであろう支配者は、死後もこの地を見続けていたいとの思いからこの地を選んだとすれば、最適の場所といえる。

なお、岡田伊勢社の西、数百メートルの果樹園に相当大きな横穴式石室古墳(寺内遺跡)があった。残念ながら地滑りのために埋まり、今は見ることができない。

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