布施氏の発祥は布施・平林氏の系図によると『平家物語』に出てくる富部三郎の3代前の布施七郎で既に有旅岡田茶臼山城居住とある。城長茂の家臣、笠原平五の一員、富部三郎が木曾義仲の家臣、佐井七郎に破れ、さらに佐井七郎の首を富部三郎の家臣、杵渕重光が討ち取った、と『平家物語』の「横田ヶ原の戦い」に書かれているのが養和元年(1181)であるので、それより100年以前に、布施一族は有旅・岡田・篠ノ井をはじめ川中島周辺に勢力を持っていたと思われ、布施氏が鎌倉の御家人となった村上氏に属し諸役に就いた。
その後、北信濃に勢力を伸ばしてきた武田氏に降り、正家は肥後守に任ぜられていたが永禄12年(1569)6月に討ち死にした。『甲陽軍鑑』によると、武田軍は永禄12年に7回の合戦があり、6月の合戦は静岡県三島市を中心に北条氏との合戦があったことからこの戦いと思われる。正家の死後、正家の子、正恒は父の供養に長禅寺を再興し、父の戒名を取って玄峰院とし、叔父で正家の弟の玄郭和尚を住職にした。その後、武田氏が滅び上杉氏に従ったが、上杉氏の移封に伴って、会津に移った。開基の碑台刻銘には、岡田の住人、若林・下平・丸山・柳沢・宮下などの名前があり、布施氏の家臣であったと思われる。布施郷岡田村の呼び名は布施氏の統治下の名残である。

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