上田藩領の川中島飛地は、元和8年(1622)にはじまり、8か村(稲荷山・塩崎・岡田・今井・今里・戸部・上氷鉋・中氷鉋)で高1万石であった。8か村は享保2年(1717)から3年間幕府領となった。享保5年に岡田・今里・今井・上氷鉋の4か村は中野陣屋支配となったが享保13年再び上田領に復した。享保15年上田藩は、塩崎村ほか3か村5000石を分知したので、稲荷山、岡田、戸部、今里と中氷鉋村の一部は上田藩領5000石となった。

岡田村は延享3年(1746)の村差出帳によれば石高1334石、家数187軒、寺院2、人数815人、馬14頭とある。

村の統治は五人組を基礎に、6組で編成されており、その上に庄家をおいた。補佐役として組頭4名、長百姓4名が相談にあずかり年貢等の村政を行った。庄屋には郷士の鹿島清水が初期から任命され、世襲して絶大な権力を持っていた。自立した農民は村政参加を要求するようになり、領主に水損難儀の御赦免も願い出ている。庄屋も交替するようになり幕末までに、何人もの人に代わっている。文久9年(1812)には名字帯刀が許された庄屋格の者が10名記録されている。苗字の私称は近世の初期からあった。岡田の大日堂礎石文久元年には、村内30数名の全員が苗字付きで記されている。

1-01 共和の自然
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