江戸時代(幕末)、信濃には11藩があり小藩分立であった。
元和8年上田領主であった真田信之は、松代に10万石で移封された。松代藩は明治に至るまで真田氏であった。

松代領には約240村があり、1900石の村から6石ほどの村高までみられる。小松原村は川中島通りに属し、上田領の今里、岡田村にかこまれた石高907石1斗8升(天保5年・1834)の村で江戸時代では中程度の村であった。

慶応4年(1868)の川中島通家数人別五人組御改帳(石坂家文書)によると小松原村は総軒数159軒、人口847人(男416、女431)であった。村には寺院の僧のほかに修験1人、道心1人、医師1人、尼1人が記載されている。村には村役人がおり、小松原村は名主1人、組頭2人、長百姓2人によって村方三役を構成していた。村役人になるのは元文元年(1939)から頭立という家格の百姓がなるのが普通であった。村の構成員は本百姓と判下(一打といわれる本百姓以外の合地、別家、帳下など)といわれる人々により構成され、八組の五人組が構成されていた。村の重要なことは本百姓からなる村の寄合で決定されていた。

村定(文化13年)には「博奕は堅く禁止、大酒、喧嘩、口論は禁止する、家内において口論は禁止、衣類は分限に相応のあるものを着用すること」など生活の細かな規定までみられた。

1-01 共和の自然
  • 1-02 先史時代の共和村
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  • 1-04 奈良・平安時代の共和村
  • 1-05 鎌倉‐安土桃山時代
  • 1-06 江戸時代の共和村
  • 1-07 江戸時代の農民の暮らし
  • 1-08 明治初期の村の暮らし
  • 2-01 村の古道、街道
  • 2-02 村の用水
  • 2-03 村の神社仏閣
  • 2-04 村に伝わる民間信仰
  • 2-05 村の石碑文
  • 2-06 村の珍しい地名
  • 2-07 村の年中行事
  • 3-01 共和村の移り変わり
  • 3-02 学校の移り変わり
  • 3-03 社会教育活動の広がり
  • 3-04 村の福祉の進展
  • 3-05 道路の発達と村人の生活
  • 3-06 りんごの里の誕生
  • 3-07 多角経営を指導した農協
  • 3-08 戦争と村人
  • 3-09 村人を驚かせた災害
  • 3-10 生活用具や農具の変遷
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  • 3-12 その他
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