岡田村は元暦元年(1189)ころ木曾義仲が戦に敗れ戦死すると、義仲の協力者の岡田冠者親義の関係も分散し、一部がこの地に住みつき布施郷岡田邑ができたといわれている。したがって岡田村も布施郷16か村に組み入れられ、幾多の変遷をへて今日に至る。
元和元年(1622)、川中島8か村(稲荷山村・塩崎村・岡田村・今井村・戸部村・今里村・上氷鉋村・中氷鉋村)は上田藩仙石忠政の飛領となる。享保期(1716)ころの岡田村は本高1334石、租税は駒運上1両1分、胡麻運上永112文、山年貢9斗2升7合とあり、近村に比べ多いところをみると豊かな村であったことを物語っている。

上田藩の農村の支配と農民の構成をみると、村三役があり、庄屋は村政を掌理し、組頭と長百姓は集落を代表する。岡田村については詳細は不明で、今井村に準じたと思われ、庄屋1人、組頭4である。なお、天保4年(1832)の人別帳には、次のような五人組が見られる。

本組8組、中町14四組、南組8組、築地5組、大門5組、新田7組、合計47組。戸数235戸。米や麦作を中心に綿・菜種等の農耕を主体とした。明治13年(1880)『岡田村誌』によると、戸数300戸、人口1379人、米高2044石2斗、麦類827石4斗、綿570貫、繭4500貫、菜種180石他とある。

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