水帳は地詰帳、地押帳などとともに検地帳の異称である。
検地がはじめて全国的に実施されたのは、天正10年(1583)の「太閤検地」であった。これは従来まちまちであった土地面積の測り方を町段畝歩の制度に統一して、それによって土地測量を行ったものである。川中島地方の全域が検地されたのは慶長7年(1602)森右近忠政による「右近検地」であった。松代藩ではその後、領内の一斉検地は行われず、寛文6年(1666)に全領村から差出検地帳を出させた。これが「寛文水帳」と呼ばれ松代藩の基礎的な土地台帳となった。

上田藩では、近世的統一検地が実施されず「承応貫高帳」(承応3年・1654)が基礎的な土地台帳となった。検地帳の耕作人は本百姓であり、その保有者として権利が認められた。本百姓は耕作権を保障されるかわりに、領主に対して年貢や夫役を負わなければならなった。17世紀の後半には、信濃の全域で村を構成する本百姓の身分が確立していった。

松代藩では、本百姓の下に判下(合地、別家、加来、地下、家人、借地、借家、門屋)といわれる人々がみられた。上田藩ではこれらの人々は抱百姓と呼ばれた。幕末にかけて判下、抱百姓は本百姓を目指して上格運動を続けていった。

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