松代藩は、農民の身分統制と、飢饉後の荒れた農村を立て直す必要から、領民に対して厳しい生活規制を行っていた。
天保13年の記録によれば、村役人は質素倹約を旨とした「村定」を行うよう藩から申し渡された。そこで、村中で相談し、(1)衣類には、絹物を用いないこと、(2)神事は、余分なことはしないこと、(3)婚礼・仏事は、近親者のほかは寄らないこと、など9項目の取り決めを行い、村人にその「村定」を厳守させた。しかし、村祭りは飢饉のころも毎年「小松原伊勢社」の神前において、灯籠・花火。太々神楽を出して行われた。五穀豊穣を祈る村祭りは、村人の最大の娯楽日でもあった。この年(天保13年)の村祭りは、当日になって藩役人から花火の打ち上げを禁止されたが、祭りの中心になった若者たちは、用意した花火を打ち上げてしまった。当然、藩からは「お科」があったが、若者たちにいささかの行き過ぎがあったとしても、若者の力は、村の維持運営に欠くことのできないものなので、村の神主が中に入って許されている。藩は、村人の生活や村祭りに規制を求める一方で、困窮しながらも農業に出精している者や、孝心の厚い者には褒美を与えた。この年(天保13年)に村では、新治郎ほか3人が籾2俵ずつを褒賞されている。とりわけ、難渋者を褒章することによって、村人の精農・孝心・敬老の心を啓発し、藩の統制力・求心力を高めていった。

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