屋敷
一般の農家は正方形かこれに近い形で、150坪から250坪ぐらいが普通の広さであった。屋敷の境界は、付属屋、生垣等で仕切られている場合もあったが、一般的には開放的であった。母屋の南面には日当たりのよい庭があり、収穫物を干したり、作業をするのに十分な広さをとってあった。

母屋
東西に長い長方形が一般的で、平屋か一部2階建てであった。間取りは広いトマグチ(土間)があり、その横に普段生活する茶の間、続いて座敷(家によっては中座敷を置く)とあり、北側に勝手、奥の茶の間、奥座敷と続く。土間の反対側には厩、その奥に小部屋、味噌部屋が設けられることが多かった。2階は物置や寝室、養蚕時には飼育場所として利用された。
 風呂は土間の隅に桶を据えて使用するのが一般的であった。

便所
野良仕事が多いため、土足のまま利用できるように母屋の外に下屋を掛けて造られた。

土蔵
クラとも呼ばれ1階は穀倉、2階は貴重品や冠婚葬祭時に使用する布団類や什器等が保存されていた。時には若夫婦の寝室として一時使われることもあった。建てる場所は防災上、母屋から離し、東南(巽)か西北(乾)の方角に建てるのが一般的であった。

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