古代、東山道の支道は、麻績で分岐したあと一本松峠を越え、八幡に出て川中島平西側を通り、犀川を渡る所、すなわち亘理の駅を経て、多古、沼部の駅から越後国府のあった直江津に達していた。この経路や亘理駅の位置については諸説があり、はっきりしないが、古代から犀川が乱流していたという状況からすれば、比較的地形の安定した岡田・小松原を経由するとした説は説得力がある。
北国街道が整備される以前には、上田方面からの道は坂城から横吹の峠を越え、千曲川を西に渡って力石に至り、上山田の宿で筑摩郡永井から49曲を下ってきた道と合流して八幡に至り、ここで一本松峠を越えてきた道と併し、塩崎・方田・瀬原田を通り、小松原の渡しに至っていたとある。

瀬原田から小松原に至る道については定説がないが、古地図から次のように推測される。払沢から岡田伊勢社裏を通り、森沢地籍から、山岡田(本組)を抜け同心坂を登る。正岸寺沢・岡田川を渡って光林寺境内に至り、同境内から山の腰に進み、小松原腰村の通りに出て小松原伊勢社前に至り、犀口の舟渡しに出たものと思われる。 犀口の対岸が小市であり、小市の渡しになる。慶長16年(1611)の北国街道整備と宿駅設定により、犀川の渡し場が丹波島に移る以前は、小松原・小市の渡しが主流であった。

1-01 共和の自然
  • 1-02 先史時代の共和村
  • 1-03 古墳時代の共和村
  • 1-04 奈良・平安時代の共和村
  • 1-05 鎌倉‐安土桃山時代
  • 1-06 江戸時代の共和村
  • 1-07 江戸時代の農民の暮らし
  • 1-08 明治初期の村の暮らし
  • 2-01 村の古道、街道
  • 2-02 村の用水
  • 2-03 村の神社仏閣
  • 2-04 村に伝わる民間信仰
  • 2-05 村の石碑文
  • 2-06 村の珍しい地名
  • 2-07 村の年中行事
  • 3-01 共和村の移り変わり
  • 3-02 学校の移り変わり
  • 3-03 社会教育活動の広がり
  • 3-04 村の福祉の進展
  • 3-05 道路の発達と村人の生活
  • 3-06 りんごの里の誕生
  • 3-07 多角経営を指導した農協
  • 3-08 戦争と村人
  • 3-09 村人を驚かせた災害
  • 3-10 生活用具や農具の変遷
  • 3-11 文化・レジャー施設
  • 3-12 その他
  • 信州共和村


    Publicity

    • 共和村広報部
    • 信州共和村付近の企業様,団体様を紹介致します。


    西飯田酒造
    西飯田酒造

    東飯田酒造
    東飯田酒造

    海沼旅館/海沼ドライブイン
    海沼旅館

    フランの花屋
    ウェブカメラ

    亀見山光林寺
    亀見山光林寺

    日輪山天照寺
    日輪山天照寺

    雪厳山玄峰院
    雪厳山玄峰院

    常光寺岡田観音堂
    常光寺岡田観音堂

    サイトの掲載を希望する企業・団体様がおりましたら,お問い合わせください。ご案内いたします。

     


    Contact


    Living environment


    A consumer

    • 消費者生活センター
    •  ▶ セブンイレブン・郵便局
    •  ▶ インターネット回線探し


    Education