小松原光林寺古地図0001.jpg
中世において、犀川の渡渉には、小市の渡しが使われた。この呼称は善光寺を中心とした呼び方で、これを、更級郡から見れば、小松原の渡しということになる。慶長16年に北国街道の改修と宿駅設定により、犀川の渡し口は丹波島と定められたが、それ以前は、小市の渡しが中央と善光寺・越後方面を結ぶ重要な渡しであった。
また、丹波島宿開設後も大水で川止めになったときには、小松原・小市間の渡しが利用された。寛永期(1624~44)の記録によれば、小市の渡しは「川幅52間、水深9尺6寸で舟渡しの他に方法がなく、徒渉など思いも依らん」とあり、川幅が狭く、水量も豊富であったことを物語っている。犀川が険しい渓谷から川中島平に出る右岸に位置するのが小松原の犀口である。

「小松原よいとこ、犀口みやこ、上り下りの舟が経つ」という唄がある。これは、江戸時代が昭和初期まで、盆踊りには盛んに歌われた小松原音頭の一節であるという。古老が伝えていたもので、歌詞が正確かどうかは不明であるが、犀口が通船でにぎわった往時を伝える貴重な伝承である。小松原の人々は犀口を「ふなと」と呼んでいた。これは、対岸と小市との間に設けられた渡し場を意味する「船戸」と、通船が停泊する「船渡」の両方の意味があったと考えられる。往時、犀口が舟着き場の拠点としてにぎわいを見せていた面影をうかがうことができる。

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