実山・黒岩・裏山等の嶺が連なる小松原山の北端は、急峻な崖となって犀川に落ち込んでいる。そのため、江戸時代、犀川沿いの道路を横断するのは危険なため、川中島・更北地域と西山方面を結ぶ道路は小松原山中をへて信里方面に向かう「山布施往来」と、裏山の中腹を村山・中条方面に向かう「山村山往来」が利用された。

また、山布施・村山方面から川中島・松代方面に向かう場合は柳沢を経て篠ノ井に向かうのが一般的であったが、急用の場合、山布施往来を小松原山の尾根で別れ、四十二、上之平、山之神を経て南組の赤地蔵につながる「山布施道」が利用された。

現在、赤地蔵の周りには11体の石の馬頭観音像が横たわっている。これは、かつて山布施道で倒れた牛馬を弔い、道中の安全を祈願するためのに建てられたものである。戦後、軽トラック等の普及に伴い山布施道を整備したが、その際、路線変更で廃道となった箇所にあった馬頭観音像は赤地蔵の空き地に集められた。このほかにも数体が旧道の脇に残っており、江戸時代この山道が西山地域の人達に頻繁に利用されていた証となっている。

また、四十二から上之平の道路脇には、周囲を玉石で築いた水飲み場が今も3か所ほど残っており、重い荷物を積んで往来した人達が、愛馬に飲料水を与えたところと伝えられている。近年この水のみ場は破損がひどく、今は利用できない。

1-01 共和の自然
  • 1-02 先史時代の共和村
  • 1-03 古墳時代の共和村
  • 1-04 奈良・平安時代の共和村
  • 1-05 鎌倉‐安土桃山時代
  • 1-06 江戸時代の共和村
  • 1-07 江戸時代の農民の暮らし
  • 1-08 明治初期の村の暮らし
  • 2-01 村の古道、街道
  • 2-02 村の用水
  • 2-03 村の神社仏閣
  • 2-04 村に伝わる民間信仰
  • 2-05 村の石碑文
  • 2-06 村の珍しい地名
  • 2-07 村の年中行事
  • 3-01 共和村の移り変わり
  • 3-02 学校の移り変わり
  • 3-03 社会教育活動の広がり
  • 3-04 村の福祉の進展
  • 3-05 道路の発達と村人の生活
  • 3-06 りんごの里の誕生
  • 3-07 多角経営を指導した農協
  • 3-08 戦争と村人
  • 3-09 村人を驚かせた災害
  • 3-10 生活用具や農具の変遷
  • 3-11 文化・レジャー施設
  • 3-12 その他
  • 信州共和村


    Publicity

    • 共和村広報部
    • 信州共和村付近の企業様,団体様を紹介致します。


    西飯田酒造
    西飯田酒造

    東飯田酒造
    東飯田酒造

    海沼旅館/海沼ドライブイン
    海沼旅館

    フランの花屋
    ウェブカメラ

    亀見山光林寺
    亀見山光林寺

    日輪山天照寺
    日輪山天照寺

    雪厳山玄峰院
    雪厳山玄峰院

    常光寺岡田観音堂
    常光寺岡田観音堂

    サイトの掲載を希望する企業・団体様がおりましたら,お問い合わせください。ご案内いたします。

     


    Contact


    Living environment


    A consumer

    • 消費者生活センター
    •  ▶ セブンイレブン・郵便局
    •  ▶ インターネット回線探し


    Education