川中島平用水 川中島平の灌漑用水路(上、中、下堰)の開発は、松代領主松平忠輝の時代、慶長16年(1611)ころからといわれる。忠輝が在封のまま越後へ移封されたため、城代花井吉成・吉雄父子の行政指導のもとで行われてきた。現在も小松原伊勢社東方に300メートル余にわたって、当時作られたものといわれる枡形堤防の跡が残存している。

繰穴堰の開削と吉岡運右衛門
弘化4年の大災害により万年河原に土砂が堆積し、取入口の役が果たせなくなった。幾度かの改修工事も塩浦山の土砂崩落と川底の低下で効果が上がらなかった。そこで藩は安政5年12月龍宮渕の岩石をくりぬいて天狗沢上流から取水することを決め、工費1500両を支出した。しかし工事にかかわる諸雑費35両余は小松原の吉岡運右衛門が中心となって負担し、その上、運右衛門は開削工事の現場世話役として日夜奔走した。この工事は安政6年12月着手、文久元年(1861)6月落成したとある。規模は延長400間余(約720メートル)幅3尺(約90センチメートル)高さ4尺(約1.2メートル)であった。
水は万物の生命
明治以降現在にかけて幾多の改修工事がなされた。取水口も確保され、水路も3面コンクリートで完備された。今、豊かな収穫を迎えるとき、150年前人力でトンネル掘削という難事業を成し遂げた先人の努力を偲び、報恩の意を子孫に伝えたい。

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