善光寺大地震

弘化4年(1847)3月24日夜4ッ時(午後10時)信濃から越後にわたって発生した信濃大地震(M7.4)は世に善光寺大地震と呼ばれ、我が国地震史の中でも、規模とその被害は最も顕著なものの一つであるといわれている。折り悪くし善光寺の御開帳が開催中で諸国からの参詣者が多数集まっており、人員の被害をさらに大きくしたと当時の記録にある。
北組地籍には、小松原断層が見えるが、これはこのときできたもので、弘化の地震断層として知られている。

複合災害
初回の激震後80余回の振動が続発し、岩倉山(信更)と犀口対岸の真神山が崩壊し、大量の土砂で犀川がせき止められた大湛水湖が生じた。これが20日後の4月13日、一挙に決壊し水音雷のごとく数丈(約15メートル)の激流となって善光寺平を直撃した。水口に位置した共和の地はもちろん川中島盆地一帯は泥流と化し、被害はさらに拡大し惨状をきわめた。

このとき、小松原伊勢社の森も20メートル余の激浪に隠れてしまったと伝えられている。また地震により、玄峰院・観照寺なども倒壊したという。後世、大正15年(1926)小松原火災の際に焼けた伊勢社の古木を伐採したところ、その樹幹が1メートル余の砂礫に埋もれていることが判明し、被害の状況が実証された。

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