この寺は真言宗智山派に属し、本尊は大日如来(金剛界)である。

古書によると、後鳥羽天皇、文治・慶長のころ(1185~94)布施下野守重弘、布施郷氷ノ田村(信田)に観照寺という地籍があり、そこに上尾城隆盛のころ1寺を建立したとあり、規模は掘っ立て小屋程度と思われ、今もその地に供養塔がある。

その後、布施郷鎌倉前期の領主宗俊の次弟頼直が永仁3年(1295)に岡田村寺内地籍に移築し、布光山と号し、代々布施氏の祈願寺とする。延宝3年(1675)普光寺と改銘された。境内は南北16間東西18間・除地高6石とあり、寺内時代の境内と思われる。現在地に移された年代は不明。

寺はたびたび兵火にあい、永禄3年(1560)ころも兵火のため焼失。文禄5年(1595)光観和尚がこれを再建した。中興の開基という。のちに寺堂が荒廃したため、任往の慶山和尚が再築。弘化4年の善光寺地震には倒壊。嘉永6年(1853)龍道が再建する。観照寺の参道は今の大門にある地蔵尊が大門先で、南町公民館前を「オハシバ」よ呼び、下馬の場所とする説もある。

境内には閻魔堂・大日堂・天満宮があり、大日堂は1月、天満宮は3月それぞれ例祭がある。

岡田村当時は、村の中心で村役場的な役目や、集会所、時には隔離病棟となったり託児所としても使われ、地域に親しまれてきた。

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