徳本の名号碑は「南無阿弥陀仏」と独特な書体で書かれており、下には、「徳本」の文字と丸い落款がどの碑にもある。この落款の意味は「鬼くだく心は丸く、田の中に 南無阿弥陀仏 月の面かげ」という歌で表現される。この碑を書いた徳本禅師は、宝暦8年(1758)紀伊国(和歌山)に生まれ、各種の念仏行を積み、念仏を通じて仏の心を分かりやすく説いてまわった。

信州では文化13年(1868)各種の浄土宗の寺を拠点に、南信から北上して北信の寺々を回り、「御数珠回し」の念仏講を開き広めた。記録によると、蓮光寺や光林寺で主に説法が行われていた。説法では、武士も農民も町人も仏の前では皆平等だと、同じ場所に座らせ、女性や子供にも分かりやすく、仏法を説いて納得させた。集まった者には「南無阿弥陀仏」と書いた「名号札」を渡した。その数も光林寺では3225枚、蓮光寺では7242枚、岡田村104枚と記録されている。徳本が盛んに説法した文化・文政の時代は、各地で百姓一揆や米騒動が盛んに起き乱世の時代であった。民衆は心の安らぎを求めて徳本を慕い、碑を建てて信仰を深めたと思われる。文政元年(1818)61歳で江戸にて没している。長野市教育委員会の調査によると市全域でこのような碑が70基あり、共和には小松原に5基(光林寺・天照寺・前河原・南組・中組)、岡田に1基、特に大きくりっぱな碑が大門にある。

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