庚申塔は庚申の年に建てた塔のことで、岡田に庚申塔という地名がある。有旅との村境、長塚に始まり城の沢を通り中尾山の一部と正岸寺沢・岡田裏・川原田の間を通り、篠ノ井布施五明の北五明団地の隣まで同じ番地である。平成12年度庚申塔灌水組合の総会資料による組合員数91人、総面積17ヘクタールと、灌水しているりんご畑だけでも広範囲である。

この庚申塔は、通称岡田土手中を囲むように、また旧岡田川の河川敷と合致している。江戸時代は山岡田(現在の本組区)地区等の管理地であったようで、本組区が年貢を集めていた。明治になり岡田伊勢社の所有となり、伊勢社が年貢を集めた。その後、個人所有となり、諸事情に応じて集積、売買等により現在に至っている。伊勢社の記録によると、収穫に応じて30坪から75坪に割地され、小麦3升の年貢を徴収したとある。また、本組区の記録では昭和初期、生糸の価格が下がり年貢の引き下げを祭典係りに依頼して、引き下げを実施している。

なぜこの地が庚申塔と呼ばれているかは現在のところ資料が見つかっていないが、どこかに庚申塔があったものと思われる。庚申塔の番地は長野市篠ノ井岡囲3241番で、枝番が1から650ほどあり、豊寿苑、岡田児童センター、共和寮、中尾山霊園など同番地の枝番である。

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