土砂免
古文書によると、「岡田村地籍中尾山より発する所の湯沢の渓流は、一方、小松原地籍、光林寺裏対岸沢より来る渓流と合し、屈折し南に走り岡田村ニツ俣に於いて上堰に注ぎつつありしが、
往々土砂を流出し、用水路を墳塞し、付近に氾濫せしむるのみならず、下流地に於いては、之が為、用水の欠乏に苦しむに至る」とあり、このようななかで延享年間(1744-48)に岡田川が共和寮付近から児童館付近で決壊し300石余りの田んぼが作付けできなくなり、免税となった。

しかし短い年数で復旧が施され実害は短年であった。享保15年(1730)岡田村の村高は1334石で、江戸時代村高の変更はなかったため、村高の2割以上の免税は村にとって幸いとなった。また、下流5ヵ村への言い訳もでき、地元では土砂免様と呼び信仰の対象になった。現在、大沢商店の東側一帯がその土砂免である。

逸見塚
冷田公園の北に、2つの白然石の塚があり、その北にへび塚と呼ばれていた墳墓があった。川中島合戦のころ、岡田に駐屯していた逸見氏の墳墓である。へび塚、逸見組、逸見塚などと呼ばれていた。その後、逸見氏は上杉氏に従い上杉氏移封に伴い会津・米沢へと移動した。現在、岡田の人は逸見氏の家臣の末裔が多い。

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