観照寺持ちの大日堂は永享のころ(1429~41)、下野国阿曽部の天命山より移されたものといわれており、本尊は大日如来(胎蔵界)である。当初は寺内の観照寺境内にあり、再三兵火にあい焼失したが永禄5年(1596)再建された。
弘化の善光寺地震により堂宇は壊滅。嘉永6年(1853)寺の再建に併せ建てられたが、その後堂宇が荒廃した。文久元年(1861)地元の有志の寄進により、森沢地籍に城郭風の石積の基盤に茅葺き屋根の回廊式の木造間口12間・奥行き五間のお堂が再建され、地元の守護仏となり大日信仰が盛んになり、大日講が発足した。昭和40年代のころより茶臼山の地滑りの状況が変わり、その勢いは日増に強くなり、お堂にも危険がせまり、昭和50年惜しくも取り壊した。本尊は観照寺の本堂に安置され、祭りは続けられた。

昭和53年二十二世清算和尚により、現在地に木造銅板葺き、間口12間・奥行き四間の御堂が再建された。このころ世話人が相計って大日講を広めるべく、近隣はもとより遠く稲荷山や屋代方面にまで五人講の設立に精進した。例祭は1月18日。七日夜とも呼ばれ、参道には5色の吹き流しを立て、前夜は宵い祭りがあり、甘酒が振るまわれる。夜店や屋台も立ち、地域の人たちはもとより、近隣の信徒の参詣でにぎわいをみせた。今もだるま市が立つ。信徒は祈願祭の後、観照寺の本堂において祝宴を行っている。

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