県道下居返線は、共和地区を南北に縦断する幹線道路で犀口、篠ノ井下居返間をいう。明治初期は幅員2間(約3.6メートル)であったが大正3年(1914)小松原線と称し整備している。翌四年には新橋、段ノ原間には自動車が走り、大勢の見学者が集まったという。

乗合自動車(バス)は、川中島自動車(株)(本社川中島駅前、現駅前のロータリー辺)が大正15年3月営業許可を受けて、川中島-笹平線、稲荷山-田ノロ線、長野-上山田線、篠ノ井-新町線の営業を開始した。この内川中島-笹平線は小松原経由であり、1日6往復、フォード社製六人乗りの車両で料金は片道41銭で運行した。段ノ原以南の道路整備も進み、昭和7年定期バスが篠ノ井-小松原経由川中島駅間6.9キロメートル、所要時間24分、運行回数6回であった。昭和19年5月には太平洋戦争非常決戦措置により運休となった22路線の内の1つとされた。戦後は篠ノ井-新橋間を再開し昭和61年ころまで定期バスが村の中を走った。料金は片道106円であった。このころから自家用自動車の普及によりバス利用者が減少し現在(平成13年)は運休中である。

バスの運休により老齢者や若年者は大変不便な思いをしている。再開を期して区長会が中心となり、川中島白動車(株)や長野市当局に働きかけているが利用者増加の見込みが立たず再開までに至っていない。

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