明治の初めころは、岡田の中から今井の灯が見えたというが、岡田川はそのころから大量の土砂を流し続け、全国でも有名な天井川となった。その高さは、岡田のトンネル付近で21.4メートル(ビル3階の高さ)にまでなった。

このため、明治・大正時代の村の土木費の大半は岡田川に使われたという。岡田区民の大部分の水田は土堤の東側にあり、耕作に通うにも収穫物を家へ運ぶにも、この土堤を越えるという言語に絶する苦労があった。「岡田よいとこ来てみりゃ怖い、上り下りの土堤で泣く」といわれたほどだった。

大正3年郡道(現県道)が開通し交通の便がよくなったことも手伝って、同11年中心地に隧道が計画され、その年の11月に完成したのである。区民は歓喜に湧いて盛大な祝賀会が行われたという。

工費は約2万円で、この大部分は住民の寄付で賄われている。 この隧道は、3度にわたって補修工事が実施され、岡田のトンネルとして利用されてきたが、昭和44年岡田川付け替え撤去によってその使命を終えた。

岡田地域のすべての排水は、岡田川新川へ合流されている。 近年湯沢上流には大小のダムができ、樹木も繁茂して、以前より土砂の流出は少なくなった。しかし中町地区の新川には依然として土砂は溜り続けており、完全な管理が望まれる。

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