昭和16年(1941)12月8日に始まった太平洋戦争は、戦争が拡大するにつれ、若者の多くは軍隊に徴兵され、中国や東南アジアの戦線に派遣された。一家の働き手がいなくなった農村は老人や女性、子供の手に委ねられ、以前のような収穫量を上げることはできなくなった。そればかりか、農薬、肥料は配給制度となったが、供給はなくなり、食料生産は急速に減退した。農家の中には少しでも多くの農産物を得るため、稲藁や河川堤の草、山の木の落ち葉を集めて堆肥を作ったり、篠ノ井駅まで人糞を取りに行く人もあった。
また、農薬が使えないため病害虫の大発生を招いたが、害虫駆除はもっぱら人間の手に委ねられ、徹底的な駆除は不可能であった。

一方、食料の生産、販売は国の管理下に置かれ、農家は耕作反別に応じて国に売り渡す量も「供出量」として決められ、生産者でありながら、自給量を確保できない農家もでてきた。そのため、多くの農家はあらかじめ、さつまいも、かぼちゃ、じゃがいもや大麦小麦、稗、粟、大豆などの雑穀類の生産量を増やし主食の米とこれらの代用食を上手に混ぜて食べた。それでも米の不足分は補い切れず、りんごとの物々交換で米を確保する農家もあった。

また、働き手を戦場に送った農家の中には、耕作地の一部を労働力に余裕のある人に預ける家もあったが、これらの農地は戦後の農地解放で、そのまま耕作者の所有地になったものが多い。

1-01 共和の自然
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