太平洋戦争の末期、大都市に集中していた軍需工場が空襲を避けて地方に分散するようになった。昭和20年7月4日に、日本航空機会社が共和小学校に進出し、体育館を航空機製造の工場に、そのほか2教室を工員の宿舎として使用することになった。体育館の床がはぎ取られ、製造機材が運び込まれたが、敗戦となり、具体的な作業に入ることはなかった。
一方、水戸の工兵隊も小学校に疎開、駐屯することになり、海軍部隊200人が高等科教室を宿舎として使用し、生徒は午前と午後に分かれて授業を受けなければならなかった。宿舎となった教室は残飯などが散らかって汚れ、登校してから掃除をし、机を並べ替えて授業を始めた。また、工兵隊は本土決戦に備え、光林寺の松並木参道に横穴の防空壕を掘り訓練していた。参道には何台かの軍用トラックがあったが、普段は木の枝や草で覆われていた。隊員は松並木から発砲訓練をしたり、時には、水田用のため池や用水にダイナマイトを打ち込んで魚をとって食用にしていた。

また、戦争末期には軍用の航空機やトラックの燃料が不足し、松根油の製造が実施された。駐在所の南側の空き地に松根油工場が作られ、生徒も松の根っこ掘りに動員された。生徒のほか、村民も松の根っこ掘りに協力し、村の山中で掘り起こされた松の根っこが山のように積み上げられ、製造が行われたが、終戦後放置された。

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