共和村にラジオがはいり始めたのは、大正14年から15年にかけてと記録されている。大正14年7月にNHK東京放送局がラジオの本放送を開始しているので、共和村にはいち早くラジオがはいったことになる。昭和6年には長野放送局も放送を開始した。しかし大正15年の小松原大火に続いて、昭和初期は農村恐慌などがあって、一般に普及するのは容易なことではなかった。

野球放送などがあると、ラジオのある家へ行って大勢で聞かせてもらったということも多かったという。その後、ラジオの普及は急速に進み、戦後には携帯ラジオも出現し、農作業には欠かせないものとなった。昭和2年3月高野健次郎によって世界初のブラウン管使用のテレビ実験が成功して30年余ようやくテレビの時代になり、33年11月、NHK長野放送局・SBCがテレビ放送を開始した。昭和34年、皇太子ご成婚をテレビで見たいということから、共和地区へもテレビがあちこちにはいるようになった。当時はまだ白黒テレビだった。昭和39年東京オリンピックが開催されたので、このころまでには大部分の家庭で、カラーテレビを楽しむことができるようになった。こうして、テレビは家庭の三種の神器といわれ、なくてはならないまでに普及した。平成12年12月1日デジタル本放送が始まり、とどまるところを知らない進歩を遂げている。

1-01 共和の自然
  • 1-02 先史時代の共和村
  • 1-03 古墳時代の共和村
  • 1-04 奈良・平安時代の共和村
  • 1-05 鎌倉‐安土桃山時代
  • 1-06 江戸時代の共和村
  • 1-07 江戸時代の農民の暮らし
  • 1-08 明治初期の村の暮らし
  • 2-01 村の古道、街道
  • 2-02 村の用水
  • 2-03 村の神社仏閣
  • 2-04 村に伝わる民間信仰
  • 2-05 村の石碑文
  • 2-06 村の珍しい地名
  • 2-07 村の年中行事
  • 3-01 共和村の移り変わり
  • 3-02 学校の移り変わり
  • 3-03 社会教育活動の広がり
  • 3-04 村の福祉の進展
  • 3-05 道路の発達と村人の生活
  • 3-06 りんごの里の誕生
  • 3-07 多角経営を指導した農協
  • 3-08 戦争と村人
  • 3-09 村人を驚かせた災害
  • 3-10 生活用具や農具の変遷
  • 3-11 文化・レジャー施設
  • 3-12 その他
  • 信州共和村


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