大正時代の植物事典 (大植物図鑑 "ハッカ")
溝畔路傍等の濕りたる土地を好みて自生する宿根草本なれども藥用植物として多く栽培せらるる草本なり。莖は高さ二尺許に成長し多くの小枝を分けて細點及び外反せる軟縮毛を生ず。葉は廣橢圓形叉は卵形にして先端尖り綠邊に淺鋸齒を有す。秋日に至り梢上葉腋に二三分の小花莖を抽出し白質の淡紫色を有する唇形花を開く。本属植物の有する蕚は先端五裂し花冠は四裂して甚だ短き筒を有す内に完全なる雄蕊四個あり雄蕊の有する葯は平行なり。果實は小堅果にして鈍圓なる頂端を有するものなり。
【藥】 本品は藥用植物として貴重せらるる品種なり従って其の使用法製造法等種々多様なるものなり本品は専ら其の葉を利用するものにして主成分は揮發油、「メントール」を含有し、氣味特異峻烈芳香性にして後淸凉なり。本品は其の葉を乾燥せるものを薄荷葉と稱し直ちに醫療用として使用することあれど多く薄荷腦、薄荷油、薄荷精、薄荷舎利別、薄荷錠、等を製出し使用すること多きものなり。
性状 粗製薄荷油は固有の薄荷香を放ちやくが如き淸凉の味を有し黄色叉は類綠色なるも再餾するか叉は之れに骨粉を混じて振盪する時は無色となるべし。日本産のものは苦味を有し慍度十五、五五度の比重は〇、八九六乃至〇、九にして沸騰點は二〇四、四乃至二〇九度而して五〇乃至五五%の薄荷腦(メントール)を含有す。酒精、「クロロフォルム」、「エーテル」、「アミールアルコール」、等とは随意の比例に於て混和す薄荷瑙は無色稜柱状の結品にして薄荷油の香氣を有し水には溶けざるも酒精、「エーテル」、「アセント」、「クロロフォルム」、硫化炭素、揮發油類、流動「パラフィン」等に溶解す純薄荷腦の沸騰點は四四、〇二度にして四〇、三度にて再度凝結すべく二百十二度に至り沸騰す、「ブローム」に遭ふ時は強烈なる作用を起こして「ブローム」水素を發生し美なる赤色化合物を生ず、は之れを無水酸叉は「クロール」亞鉛と共に熱する時は水を柝出して「メンテール」となる。
應用 薄荷油は興奮藥、健胃藥、驅風藥として内用し神經痛、偏頭痛、齒痛等に外用す。その外化粧料「クコール」油、菓子製造等に應用す。薄荷腦は薄荷梃子の發見以来益々重要なる藥品となるに至り偏頭痛には其の子梃子を以って摩擦す。「レウマチス」、神經痛には塗擦藥とし、凍傷には塗布す。内用には喘息に吸入せしめ尚ほ「レウマチス」、神經痛、下痢等に用ゆる外本品の殺菌性を利用して肺結核腸結核等にも應用す。
薄荷の栽培法
薄荷には青種、赤種の二種あり、赤種は莖赤色を呈し約四割の薄荷腦を含有し品質香味共に佳なれども青種は之れに反し腦分の含量少きのみならず苦味を有し香氣不良なるものなり。去れど赤種の方は繁殖力頗る弱く青種は極めて強盛なるを以て赤種を栽培する際注意し青種を除去するにあらざれば忽ち青種の跋扈を来し折角の品質を害するに至るものなり尚ほ右二種の外白髪薄荷なる品種あれども實用に供せんには繁殖力微力なるものとす。我國にては多く山形、岡山、廣島、長野、の諸縣及び北海道にて栽培し薄荷脂及び薄荷油を製造する原料にせらる。これを栽培せんとするには春三四月頃温暖なる沃土を選び叮嚀に耕耡し十分に堆肥其の他の肥料を施し更に掻き均したる上に種子を下すなり。發芽後は時々液肥を施し勉めて肥し三四寸に成長したる時之れを本畑に移植するなり。本畑は砂壌土を最良とし之れを耕耡して堆肥其の他窒素質の當みたる肥料を施し畦幅一尺五寸乃至一尺八寸位に三寸許の間隔を以て植ゆるなり。移植期は多く秋季を可とす。其の成長季間は時々液肥を與へ莖葉の繁茂を助くれば翌年七八月の頃に至り収穫することを得、之れを一番刈りと稱す。一番刈りの後は更に中耕、施肥、除草等を行ひ十月頃開花の期に及び二番刈りを行ふなり。普通一反歩に要する種根は百五十貫にして其の収穫量は二百五十貫とす。刈り取りは必ず晴天を撰び刈り取りたるものは繩に編み、夏季には凡そ十日、秋季には凡つ一箇月間雨にかからぬ處に吊して乾燥せしむるものとす。其の後の繁殖法は根分け法によるを可とす。根分けは普通秋季に行ふものなれども植え付け後霜雪多きか排水不十分なる地方にては春季に行ふものとす。
刈り取りたる生葉は先づ便宜の場所を撰定して之れを廣げたる後(イ)に示す如く把にし之れを(ロ)に示せる如き繩の扱ひ方にて(ハ)の如く北向にて日光、風雨、霜等のかからざる軒下に吊し乾燥せしむ。尚ほ乾草を市場に出さんとするには(ニ)の如く荷作するものとす。生草二貫目は乾燥して約六百目となる割合なりとす。
薄荷油の製造法
薄荷油を製出せんには先づ取卸(腦油混合物)を製したる後腦油の分離を行ふものとす。取卸(腦油混合物)製造法次圖に就て説明すこと左の如し。先づ下釜(イ)の上に蒸桶(ハ)(乾草十四五貫目を容るるに足る)を載せて此の中へ乾草を堅く足にて踏み充たし蒸桶(ハ)と下釜(イ)との間は藁繩の柔軟なるものを以て密閉したる後上釜(ロ)載せ之れに冷水を滿注すべく而して、蒸桶(ハ)と上釜(ロ)との間も藁繩にて密閉すべし。蒸餾中下釜中の蒸氣は蒸餾下底の小孔より昇騰して桶中の乾草を蒸發するを以て草中の腦油分は揮發して蒸氣と共に上釜の下底に凝集す(上釜中には絶へず冷水を上桶(ニ)より圓管にて注入し其の温くなりたるものは上釜の上縁より同じく竹管によって排出せらる)次に此の凝集せるものは圓錘底より下滴し其の下方に装置せる木製漏斗(ホ)中に滴集すべし此の漏斗の下端は竹管に挿入しあるを以て蒸餾液は此の竹管中を通り蒸桶を出で下桶(ヘ)中の硝子製鉢(ト)に集まり此の鉢中にて蒸餾液は取卸(腦油の混合物)と水分とに分離するものとす。鉢の高さは八寸程にして底面に小孔あり而して之れを入れたる下桶(ヘ)には冷水滿つるが故に鉢の内外の水準面は相平均せり蒸餾液はこの桶中にて冷却し比重小なる取卸(腦油混合物)は冷水面上に冷集す欺くの如くして取卸が充滿し來りし時は中指の腹を以つて底孔を仰へ除々に鉢を取り出しつつ底孔を加減して水を切り鉢中には取卸のみを残留せしめ羽二重絹篩を以つて漉過しつつ能く洗浄したる石油空鑵等の中へ注入密栓貯藏す。普通取卸と稱して賣買さるるは是れなり。此の操作を反覆し順次鉢を取り換へ居る中には腦油の多量下槽中に浮遊する認むべきを以つて此の下槽の冷水は必ず竹管等によりて下釜中に流入せしむるが如き装置するを可とす。斯くする時は再度蒸餾となりて出で來るが故に大に腦油の損失を減ずるを得べし。以上は普通器具に依る操作法なれども別に器械胴なる蒸餾器あり山形縣地方に於て多く使用さるるものにして勞力生産上利便多し。以下少しく該方法に就て説明すべし。即ち次圖に示す如く火爐上に口径二尺四五寸の湯釜(イ)あり(ロ)は蒸餾桶にして此の中に乾草二十五六貫を容るるに足る。蒸桶葢(ホ)?針金と螺旋とによつて枠(ハ)と固定し得べく(チ)は蒸氣管(銅叉は眞鍮製)(リ)は蛇管にの上桶(ニ)より落下する冷水によつて絶へず冷却せら?温水は(ヌ)口より外部に流出す。(ル)は蛇管の開口にして(ト)は受器(ヘ)は(ト)を冷却する小桶なり。本装置の緊要なる點は蒸氣管(チ)以外一切他の箇所より水蒸氣を漏出せざらしむる者にして各接合部は必ず密着せしむるなり。故に些少なりとも漏出する箇所あらば糠に水を和したるものを以て塗布せざるべからず。乾草は釜の水の沸騰し始むる頃桶中に足を以つて堅く厭入すべく以後の操作は前段説けるに同じ。受器の底部には水分のみを集餾すべきを以つて小孔を作りて下部の水は常に外部に流出する様になし受器より分けたる水分中に若し油分を含有する時は次の蒸桶の際乾草に灌注して再度蒸餾すへきものとす。前述普通法に於ける蒸桶の容量は乾草十二貫乃至十六貫にして普通一日に三四釜を蒸餾し得べく本装置に據る時は一日に三桶(七十五貫目)の乾草を蒸し終らんこと容易なり。而して取卸の得量は一釜に付き一番草は二百匁より二百二十匁、二番草ならば二百二十匁乃至二百三十匁を普通とす。
腦油文の分離 小規模のものにありては寒冷の候を利用して取卸が自然に分離して少量宛腦分の浮遊し來る時之れを金網杓子にて三四回掬ひ取りたる後殘部は叉取卸に混入し少しく加温して更に分離を行ふものなるが斯かる迂遠なる方法よりも宣しく次の方法を應用するを得策とす。即ち塵埃の飛散せざる冷涼の室内を撰びて水槽中に取卸を容れたる亞鉛凾三四個を適當に排列して其の外圍は食塩を加へたる氷雪を以つて斯く冷却すること三日に及べば腦は上部に結晶し油は稱々下部に分離するが故に亞鉛凾の下栓を開き油分を適下せしむる爲め五日乃至八日間放置す。次に箱内の結晶物を撿したる上其の中部のみを取り上部及び下部のものは再び取卸中に混じ湯煎法により兪釜の中にて溶解し分離を行ふべし、分離したる腦は之れを乾燥器(木枠に寒冷紗を張りたるもの)上に廣げ室内にて二三日乾燥収納す。前記亞鉛凾より滴下せるものは即ち薄荷油なり。叉取卸中に混ぜる腦との割合は油は五五五乃至六六〇にして腦は四四〇乃至四四五とす。
再製法 石油空鑵の洗浄せるものの中へ粗製腦を入れ湯釜に浸して加温し全く腦が溶解するに及び金巾布にて漉過し雑物塵埃等を去り再製用亞鉛鑵に取り大氷槽に容れ以下腦油分離の際と同じ操作を行ふものとす。
本草綱目に記載あり
江戸時代の植物事典 (長野電波技術研究所附属図書館 蔵書)
江戸時代の植物事典 (古事類苑 "薄荷")
