大正時代の植物事典 (大植物図鑑 "ニンジン")

歐州原産にして本邦には主として畑地に栽培する二年生草本なり。葉は數回分岐せる複葉にして長柄を有し初めは叢生し春日に至り莖を立つること四五尺に達し梢上小枝を分ち初夏に至りて花をつく。花は白色の小花にして複繖形花序に排列す。
【食】 根は冬春の際煮て食し或は浸し物、胡麻味噌、膾、粕漬等として食用し、秋には嫩葉を採り根の如く煮付け、浸し物、和へ物等として食用す。重なる調理法二三擧ぐること左の如し。
(一)ニンジンの味噌漬 ニンジンの後先を切り五六日間風通しのよき處に置き薄塩にて輕く押漬けし三日斗り經ちたる後太陽に乾し味噌の中に漬け込むなり。
(二)蒸しニンジン ニンジンの皮を去りて細に切り蒸鍋に入れ胡椒を振りかけ徐々に煮、後パン粉「バタ」とを適宜に加へ再び煮るなり。
【藥】 湯火傷を受けたるとき此の根を摺り下したる汁を數回塗布すれば即効あり。種子は其の儘飲下すれば腎臓病に効ある外驅風、利尿、水腫等にも効用多きものなり。
栽培法
種類 栽培品種頗る多く特に近年外國より種々なる品種を輸入栽培せられ商家の店頭に飾らるるもの少なからず。重なる品種を擧ぐれば左の如し。
イ 金時ニンジン(1044) 本邦産最も優良なるものにて一に大阪ニンジン、赤ニンジンとも呼ぶ。根形太くして長さ一尺許其の色鮮紅にして甘味多し。
ロ 瀧の川赤長ニンジン(1045) 根形極めて長く生長し其の色鮮紅色を呈し味前種に劣らず即ち前種は大阪附近名産、本品は東京附近名産の觀ある代表的蔬菜と云ふべきなり。
ハ 札幌ニンジン(1046) 根形極めて太けれども長さ短く甘美にして豊收なる早熟種とす。
ニ 紫ニンジン 根は深紫色を呈し中心黄色種なり。
ホ 夏ニンジン(1047) 東京地方を始め諸處に栽培する草生種にして根は長く黄色を呈し春時播種し六七月の交採りて食用に供せらる。
ヘ 白ニンジン 普通品の如くなれど色白き者なり。
ト 洋種時なしニンジン(1048) 前種より根形短く極めて早熟にして年中栽培し得られ味甘美なり。
チ 洋種三寸ニンジン(1049) 根形最も短く漸く三寸内外なれども早熟にして甘美なるものなり。
適地及び手入法 適地及び栽培法は大根と同一なれども尚ほ旱天に際しては再三水を灌ぎ且つ除草をなし二三寸位に成育したる頃間引きをなし其の株間を五六寸位に薄くするなり。其の他葉の漸く繁茂する頃に至らば根本を堅く踏み付くるを可とす。