大正時代の植物事典 (大植物図鑑 "ネギ")

畑地に栽培する多年生草本にして通常叢生し、地下に堅く短縮せる地下莖を有しここに多數の鬚根を生ず。地味、培養法等の如何によりて大小種々ありと雖も、通常高さ二尺許りに達し、葉は中空の筒状をなして先端尖り、其の地下にある部分は多數相重なりて一本となり白色を呈す、俗に白根と稱する部分之なり。初夏莖間に略々葉に似たる花軸を抽き、長小梗を有する帶白色の小花を多數發生して球状を呈し其の若き間は薄き苞葉を以て被はる。花は六片の花蓋より成りて十分展開するに至らず。中に六雄蕊一雌蕊を有す。
【食】 培養の巧拙により葱白に多少あり、四時採りて煮食し或は生食すべきもの、冬月を最柔軟美味の時とす。本品には其の栽培品種頗る多し其の重なるものを擧ぐれば左の如し。
(イ)千住葱 東京市中にて見るところの白根の長さ尺に及ぶものなり。これ東京府下千住町附近にて産するにより名く。莖身長大品質良好なり。
(ロ)岩槻葱 武藏國岩槻町附近の特産種とす。莖身短くして太く基部屈曲す。蓋し之れを倒植するが故に莖身髄ひて屈曲するによるなり。白根は前者より稱々短きも柔にして佳味なり。
(ハ)下仁田葱 一名上州一本葱の稱あり。一莖を栽植するも二三分岐することなきを以て名く。莖は頗る偉大なる品種とす。
(二)秋田葱 秋田縣の産にして莖は千住葱よりも肥大なれども短く品質佳良なり。
(ホ)カリギ 叉カレギ、ナツネギ、キナエ等稱す。夏月刈りて食用に供す。刈れば愈盛に繁茂するによりこの名あり。本種は葉稍々細小なり。
葱は本邦蔬菜の重要なるものにして四時食用に供せらる。關西にては靑葉を賞用すれども關東にては白色部を食用とす。
【藥】 本品は一種の揮發油を含有し、よく神經を刺戟し、消化液の分泌を促し、消火器内の寄生蟲の發生を豫防し、「リュウマチス」に効あり。