大正時代の植物事典 (大植物図鑑 "リンドウ")
一名ササリンドウとも稱し山野に自生する多年生草本にして莖高さ一尺餘に達す。此莖は直立し通常分岐せず。葉は無柄にして卵状被針形をなし對生す秋日莖頂に藍色を呈する筒状花數を着生すこの筒状花は綠邊五裂片間に小尖を有し内に五箇の雄蕊を有す。?は鐘状をなし先端五裂し先端針様をなすものなり。
【藥】 本植物は其の全草を開花の時期に採取薬用に供す。効用は「ゲンチアナ」叉は「コロンボ」等と同様苦味質にして健胃劑に使用するものとす日本藥局法により證明さるる所によれば本品を内服すれば食慾を增進し血?を亢進するものなれば遲鈍性消化不良に用ひ効能あるものとせらる。素人にても健胃劑として其の儘温湯に浸し適宜に服用すれば効果顕著なるものなれば其の用途は單に藥用として賣販する以外自家用としても需要の途廣きものなり。左に少しく本植物
の栽培法を詳述し参考資料に供することとせり。
【生】 生花用として雅致あるものなり。水揚法は切口を一寸酒精に浸し直ちに引き上げ水に入るれば可なり。リンドウ科に屬する植物は凡て本方法によりて完全に水揚げを行ふものとす。
栽培法 本植物の繁殖は種子によらず専ら根分け法によるものなれば成るべく根に勢力あるものを選び栽植するを可とす。根分けの季節 根分けの季節は春秋何れも彼岸前後を可とすれど春の彼岸は最も適當なる時期なり。
土質及び氣候の適否 氣候は温暖なるを可とすれども寒地にても後に山を控へ前面南に向ひたる處なれば差支へなきものなり。本邦にても九州及び四國の南海岸等最適したる土地と稱せらる。而して土質は一年中濕氣多く植物質?土の如き土地換言すれば河、沼に沿い常に濕氣を有する土地を佳とし高燥にして太陽の直射するが如き土地には適さざるなり要するに他の作物に不適當 なる土地を好むものと云い得るなり
整地 土質の選定終り苗草の植え付けに着手する以前先ず整地を行はざるべからず然し他の作物の如く手數をかくる必要なく唯一通り耕耡したる後一面均したる後苗草を植え付くる少し前元肥を施し一二回切り返し行へば充分なり。
植え付け 整地したる土地に植え付けを行ふには最初苗草を買い入れたる時は別なれども次の年よりは親株の根元に澤山に發芽せる新苗を親株より取り放し植え付けを行ひ繁殖せしむるなり植え付けは株と株との間を大凡六七寸位とし根付莖の部分が土中にかくるるを程度の深さとし植え付を終たる後極めて薄き水肥を施せば充分なり。前述の如く本植物は頗る濕氣を好むものなれば常に土地の乾燥せざる様注意すること最も肝要なり。
肥料 肥料は人糞、油粕の如き植物性叉は魚粕の如き動物性のもの良好なれども鑛物性のものは寧ろ使用せざるを可とする位なり。施肥せんとするには植付け以前先ず土中に切り混ぜ置き植付けを終りたる時一回、開花前一回、都合三回施肥すれば充分なり。去れど本植物の施肥は濃厚なるものを興ふるは絶對に不結果を來すものなれば極めて薄きものを興ふる様注意し尚開花前に興ふる場合は必ず其の莖葉に肥料のかからざる様注意すべきものとす。
採取及び貯藏 採取の季節は花の全く終りたるときを宣しなす。?ち花後其の全體を引き抜き小株は分取して植付け用に供し親株丈けを選取し陰干しにするなり。全く乾燥を終りたる時は「ブリッキ」鑵に入れ濕氣を受けざる様貯藏するなり。
收益及び販路 本植物は前述の如く全く他の作物に適せざる不毛の濕地にても栽培せらるるものなれば沼澤地等の開墾地最初の作物として利用栽培せらるるものなれば假令賣上價格は小額なりとも副業として割合に有利なる作物とす。一反歩の純益五十圓は間違ひなく取得せらるる計算なり。本品は日本全國何れの土地にても廣く用いらるる物なれば何れの藥種問屋にても買入れるは何程多量に栽培するも決して販路に困難するが如き事なき物なりとす。(此頁大正十年5月記)
江戸時代の植物事典 (長野電波技術研究所附属図書館 蔵書)
江戸時代の植物事典 (古事類苑 "龍膽")