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最終的には人体実験なのです

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エドワード・ジェンナー、1749年5月17日~1823年1月26日は、
イギリスの医学者で、天然痘のワクチンを開発したことで知られています。
イギリスでも天然痘が流行していて、天然痘の予防法は18世紀初めに天然痘患者の
膿疱から抽出した液を健康な人に接種する方法が、アラブから伝わったそうです。
この方法では、接種した人の2%が重症となり死亡したそうです。
ジェンナーが医師として活動していた地域では、牛痘にかかった人は、その後、
天然痘にかからないという農民の言い伝えがあったそうです。牛痘は天然痘に比べると、
はるかに安全な病気で、ジェンナーは、これを天然痘の予防に使えないかを研究し、
1796年5月14日、ジェームズ・フィップスという、ジェンナーの使用人の子供、
8歳の少年に牛痘を接種したそうです。少年は若干の発熱と不快感を訴えたが、
その程度にとどまり、深刻な症状にはならなかったそうです。6週間後に、ジェンナーは、
その少年に天然痘を接種したが、少年は天然痘を発症せずに、牛痘による天然痘予防法が
成功したそうです。ジェンナーは、これ以前に、自分の息子にも試していたそうです。
1798年、これを発表し、種痘法はヨーロッパに広がりました。日本では、いつ頃、
牛痘が行われたか調べて見ました。文政3年(1820年)に、シーボルトが
来日したときに、牛痘苗を持参して、日本人に接種したそうですが、失敗に
終わったそうです。ウチの図書館には、明治8年(1875年)に牛痘を試験した
古文書があります。明治8年(1875年)の古文書には、
長野県伊那市箕輪村羽広耕地地区で、牛痘を試験したと思われる、約100人の子供の
名前が書かれています。今から136年前に行われた、牛痘の試験結果を
知りたいと思っています。その後、日本では、明治18年~明治20年に、
天然痘で3万2000人が亡くなり、明治25年~明治27年には、2万4000人が
亡くなり、さらに、明治29年~明治30年には、1万6000人が亡くなっています。
古文書に出ている、子供たちがその後、天然痘を発症しなかったのかどうかは
分かりませんが、機会があったら調べて見たいと思っています。
ではまた、広報担当サマンサでした。

自分自身が人体実験をしました

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某所に、持病持ちのサルを繁殖させている会社があります。持病は、高血圧や
糖尿病や癌などですが、虫歯や水虫になりやすいサルも繁殖させているそうです。
この会社では、サルだけでなく、ウサギやネズミなどたくさんの動物も
繁殖させています。薬を開発するときや医療や治療の研究に必要なのだそうで、
同じ病気の、同じ程度の病状の動物を繁殖させているそうです。
薬の開発や医療や治療の研究は、サルなど動物で試験された後、最終的に人で
試験されるようですが、実験に使われる動物は使い捨てのようです。
本草綱目という本は薬学史上、最も分量が多く最も内容が充実した薬学書です。
著者は李時珍(1518年~1593年)という人で、1578年に完成し、
1596年に南京で作られ、日本でも最初の出版の数年以内には初版が輸入されたそうです。
全52巻、収録されている薬は1892種あり、図版は1109枚、処方も11096種あり、
処方の内8000余は著者の李時珍自身が収集、確定したものとのことです。
400年前の本ですが、最終的に自分自身が人体実験して、薬物ごとに名称・産地の注解・
それまでの文献の間違いの訂正・製造方法・流布されている処方を収集などの項目が
それぞれ書かれています。明らかに間違っていることも掲載されていますが、
今の医学や医療でも最終的には人体実験をしているようですから、
薬は400年前も基本的には、同じ方法で試験されていたようです。
ではまた、広報担当サマンサでした。
追伸、本草綱目はウチの図書館に10種類ほど収蔵されています。

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  • サマンサは猫です。
  • 広報担当の三毛猫です。
  • サマンサ日記は、
  • 猫の目線から見える世界を
  • 綴った研究雑感です。



Helpful ・・・

  • 参考までに
  • 吾輩は猫である (岩波文庫)
  • 魔女の宅急便
  • アイムス 成猫用 白身魚味 7.5kg
  • アイムス 成猫用 体重管理用 チキン味 7.5kg