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携帯電話会社のKDDI-AUで行っているGreen riad project直接のリンクなので、うまくジャンプできるか分かりませんが、1km走ると1円分の緑になるというプロジェクトを行っています。携帯電話で測定しながら走り込んだ距離の分をAUが緑の種を購入し、ショップやイベントで配る、ちょっと地球に優しいプロジェクトなのだそうです。詳しくは、ホームページを見てもらった方がいいでしょう。

イベントで配られる緑の種の中身は、ゴーヤと朝顔とバジルの3種類だとか。はて?これってどういう意図なのかなぁっと、考えました。どうせなら、宿根草で毎年生えるものにすればいいのになぁと、単純に思ったからです。次の日のブログには、摘み草日記おすすめの植物を紹介しますよ。

食糧自給率の話で書いたように、野菜を作っても、カロリーベースで考えられている自給率には影響がないといわれてしまうのと同様に、一年草や野菜は、二酸化炭素排出量などの温暖化問題にはあまり意味がないと解釈されている気がします。だから、少々疑問に思ったわけです。

まあ、摘み草からすれば、ゴーヤとバジルは、食べられるからいいのかもと思いましたが、アサガオでちょっと迷ってしまいました。アサガオの種は、古くから使われている下剤として使われる漢方で、我が家の江戸時代の漢方図鑑「本草綱目」にも「牽牛子(けんごし)」という名前で載っておりました。余談ですが、NHKの忍たま乱太郎の中で、教師の山田先生が、敵の忍者に朝顔の種を呑ませようとして、自分で呑む羽目になって下痢をしたというストーリーがあったのです。これは、食料にはちょっと難しいな。花が楽しいからかなとか、いろいろと理由を想像するわけです。

調べてみたら、ちょっと納得の理由。どうやら、ゴーヤと朝顔は、ゴーヤカーテンなどのネット這わせて仕立てるのが、目的のようで、壁面緑化にも通じる話がでてきました。縁側に、カーテンネット状に生えたゴーヤと朝顔の陰では、植物の蒸散作用によって、ちょっと涼しくなります。それに、直射日光も防いでくれるので、熱い夏場に、冷房の効きを良くする工夫です。その上、花がきれいだったり、ゴーヤを食べたり出来るとは、機能的にも活用するなかなかのアイデアだということがよく分かりました。植物を生活の中に活用して、住みやすい環境に合わせていくところは、摘み草ブログでも見習わなければいけません。

 

 

環境、環境と自然環境の保全についての話題も多く聞かれます。確かに、このブログも身近な自然との関わり方がテーマの1つです。身近な環境は、自然や天候よりも、人間社会の環境の方が影響が大きくあります。土木工事などによる土壌の移動、試験的な牧草の利用など人間の都合でやってきたものが、特定外来生物であったり、帰化植物の原因であったりします。強く、良く増えるからこそ、摘み草の対象であったりします。

こじつけですが、環境問題は、自然環境とならんで、人間社会の環境も欠かせない問題です。ここのところ、金融危機から増した情勢の不安で犯罪の増加することが懸念されているわけです。

子ども達は、その影響を受けて、防犯アラームを持ち歩いているのが常識になりました。以前、農作物泥棒の対策として防犯アラームと釣り糸を使った仕掛けといいますか、トラップといいますか、罠を考えたことがありましたので(なかなか楽しい工作でした)、幾つか商品を比較検討したことがありました。商品自体はそれぞれ工夫がなされているとはおもいますが、ぱっとみでは違いは分かりません。ただ、共通の問題だと感じたのは電池の持ち時間です。使用されているボタン電池は短い物で3ヶ月、大体半年ほどで切れてしまいます。以外と、電池切れになっている防犯アラームを持ち歩いていることがあると思うんです。ボタン電池は、コンビニでも簡単に買えますが、あまり買え置きをするような物でもありませんから、少々不便ではないでしょうか。

そこで、提案するのが、携帯電話とLEDライト。携帯電話では、いまのW54Tの前にはカシオのW41CAを長らく使っていました。カシオは、長らくAUだけで出していたメーカーではあるのですが、標準設定で0キーを長押しすると、アラームが鳴る仕掛け。後継機にも引き継がれているようです。止めるためには暗証番号もいるあたりも、防犯効果が高いかもしれません。常に充電をしているので電池切れの心配は少ないし、常に持っていることができます。キッズケータイにもアラーム機能はあるようですので、携帯電話と防犯アラームの組み合わせが良いのかもしれません。

もう一つが、アウトドア用の商品で  

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人工薪を使って頂いているお客さんから、こんな話を聞きました。風呂炊きに「紙薪」が便利だそうです。
 
そもそも、最近はお風呂を薪で沸かすことは見られなくなりましたが、長野でも、私が子どもの時分には、それなりに多かったように思います。それも30年ほど前のことでしょうか。
今では、灯油の湯沸かし器に変わってしまいましたが、お風呂に入るために薪に火を付けなければなりませんでした。薪は不便です。入るまでに40分かかります。その間にも、薪を足していくわけですが、これがまた忙しいものです。それに、ちょっと熱いだとか、ぬるいとか、コントロールするのにもコツがいります。家庭用の風呂釜を紹介出来れば良かったのですが、残念ながらアマゾンにありませんでした。
 
話をうかがった限りでは、最初は木の薪だけで沸かし、丁度良い温度に近づいたところで、木の薪と一緒に5kgほどの人工薪を一緒に入れて見たそうです。人工薪は火がつくまで時間がかかりますが、木の薪が燃えて火力が落ち始めた頃に人工薪に火が移り、暫く灼熱してから少しずつ温度が下がってきます。丁度良いことに、風呂釜は開口部が広く、空気も入りやすい構造なので早く火が回りますが、人工薪は、燃え尽きるまでに火持ちするのが特徴ですので、この環境で2時間から3時間ほど、お風呂を余熱出来るそうです。これなら、家族みんながお風呂に入っている間も薪の再供給の回数が極端に少なくてすみます。しかも、風呂炊きなら、夏場の消費にもつながります。流通量が増してくれば、価格への反映も出来るかもしれません。
 
実は、温室の暖房のアイデアとして、温室内にバスタブと小型の薪ボイラー、風呂釜の導入を考えていたので、ぜひ、早めたいと思いました。水の取り扱いのしやすさや、比熱が暖房効果を十分に見込めます。
 
そろそろ、薪ストーブもシーズン前に用意した薪も心許なくなってくるころだとおもいます。暖冬だといっても、暖房がいらないほどということもありませんので、人工薪のご入り用がありましたら、ご連絡ください。
 
 

昨日、紹介したホールトマトで作ったトマトソースを使って食べたのが、ジャガイモを使ったパスタの「ニョッキ」です。今日の物は市販品ですが、ジャガイモは一度にたくさん収穫出来ますので、手作りしてもいいのかもしれません。

考えてみると、作る過程には料理のコツみたいなものがあるような。主婦の方々は、たくさんの二者択一をしているんです。ポイントは、美味しく・安く・簡単で・早いを頭に頭に浮かべているはず。

最初のジャガイモを茹でる時に、二者択一が必要です。作る量で茹でる道具を選ぶ必要があります。少量の一人前ほどなら電子レンジ、たくさん作るならガスコンロでお湯を沸かしてジャガイモを茹でます。この積み重ねで電気代やガス代を節約しています。ここに広い視点を求めるなら、オール電化はちょっとマイナスです。お湯を沸かすだけなら、電磁調理器も優秀ですが、必ずしも電気とガスの価格が同様に推移するとは限りません。今日の報道で、麻生総理の動向には批判が増しつつありますが、サハリン2が披露されたそうです。これは、ロシアから天然ガスを直接運べるパイプラインの計画で、日本の全消費エネルギーの7%をまかなえる量だと言うことです。最初の初期投資が巨額ではあるものの、ランニングコストは低いのではないかと思います。(今の水道施設や老朽化マンションのように、何十年後かに施設の更新ができるかがテーマでしょう)直接産地からガスを輸送することが出来ます。ガスは液化しているでしょうが、常時送ることができます。これと比較してガソリンは大型タンカーで中東からピストン輸送しています。輸送機関も日本に届くまでに数ヶ月はかかりますし、途中の航路は海賊の増加によって安全性が大幅に低下しています。結局、電気は原子力が批判されて(賛否の分かれるものですから)、原油石油を使った火力発電が主流である以上は、常に中東圏の影響はまのがれません。このことを考えると、どちらが臨機応変に対応できて、安定して供給出来るのかといえばガスに一票です。ロシアの発言権が増している中で、グルジアを初めとした強硬手段がたびたび見られることが少々不安ですが、悪い部分を比較するのは気が病みますが、紛争が続く中東圏と、イスラム圏よりも、いまは安定していると思います。めまぐるしく変化していく時代に必要なものは多様性です。1つが悪くなっても、その間は別の物で補うことが生き残りの秘訣です。ちょっと、その点でオール電化は少々乱暴な気がします。いざというときがこないと実感はできませんけどね。

次の選択は、おいしさを取るか、簡単をとるかです。これは一番のテーマですね。最終的には、簡単だけど、どこまで美味しくできるかになっていきますが、ジャガイモのおいしさは皮の周辺にあるそうで、美味しく作るなら皮ごと茹でて、ジャガイモが熱々のうちにぬれぶきんなどを駆使して1つずつ皮を剥きます。いろいろな裏技があるようで、最初に切り込みをいれておくとこか、耐熱のシリコンゴムの鍋つかみを使うとか方法はありますが、なにをおいても熱いので大変な作業です。私の場合、おいしさをさておき、簡単を優先して、先に包丁で皮を剥いて、ゆであげます。これだと、お湯を切ればすぐにも次にいけるので、わりと手間なしです。でも、手間の中にこそ、愛があるように思います。ぜひ、手間をかけて、ごはんは作りたいものです。残念ながら、男は鈍感で気がつきませんけども。

ポテトスマッシャーですりつぶしたら、小麦粉を加えて良く混ぜればできあがります。彩りを気にするなら、ほうれん草や人参をフードプロセッサーで刻んで混ぜ込むのが一般的です。これにトマトソースを合わせれば、ずいぶんたくさん野菜を食べられるのでビタミンバランスも良いのではとおもいます。

もともと、ジャガイモには火が通っているので、パスタの仲間といっても、数分ゆであげればいいそうです。サッと茹でて、トマトソースに絡めればできあがり。写真は昨日と一緒です。すいません。

実は、白菜ゴボウ鍋の残りを転用したので、いろんな材料が見られますが、以外とどんな材料にもトマトソースは相性がよいものなんでしょう。

ニョッキの食感は、とても、もちもちしていて、どことなく、チーズの食感のような、おもちとも違う、不思議な食感です。ほかに似たようなパスタもない特別な料理なのかもしれません。トマトソースと良く合います。

煮込み時間や、バジルソース、ジャガイモの代わりにカボチャなど、いろいろと試してみたいことが思いつきました。そのうち、試してみたいと思います。

 

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どんど焼きはご存じの通り、正月飾りや注連飾りを15日に集めて、炊き上げる行事です。なんでも、どんど焼き以外にも、濁点の違うどんと焼きや、とんど焼き、三九郎や左義長なんて呼び方があるそうです。古くは徒然草に記載があるそうで、附属図書館の蔵書にはいくつか徒然草があるのを確認したくなるほどです。

なぜ、摘み草で取り上げるのかと言えば、連日のことではありますが、残り火を使って焼いたお餅を食べると、その年を健康に過ごせるといういわれがあるからです。これは、お年玉のルーツにおもちの話にも似ていますね。食と行事がつながる良い風習です。

なかなか、たき火の中でお餅を焼くにはコツがあります。まず、燃えさかっている火のなかに入れてはいけません。おもちが炭になってしまいます。また、直火に近いので、強火で焼かれていると言うことで、しめらせたキッチンペーパーを巻き、さらに、アルミホイルでまきます。おまけに、おもち自体にバターを塗っておくと、さらに焦げ付きにくくなります。一昔前なら、新聞紙を使っていました。人工薪の安全性でよく聞かれることですが、新聞紙というものは、もともと、食品を包むことを全体にした規格をもとに作っています。だから、大豆を原料としたインクを使っていたり、紙自体に、有害物質が含まれないことを保証されています。ヘタな梱包資材よりも、ずっと、安全です。

まあ、東京では、なんでも神社の仕事らしいですね。地方では、集落ごとにおこなわれているのが当たり前ですが、江戸時代に火事の原因になったことから、だんだん行われなくなったとか。さらに最近では、このどんど焼きにまで、ダイオキシンなんだそうです。たしかに、ダイオキシンの毒性はとても強い物質ですが、害がでるほど、はっきり言って、存在しません。人に影響があるほどの量のダイオキシンを作るには、国家事業でなければとてもつくれないほど、大変なものなんです。それが、簡単に、どんど焼きで人が死ぬのなら、人類も長いことありませんよ。

今日、気になったのは、子ども達があまりにも火に対する意識が低いことです。危険性はあるのですけど、その経験を奪われたためか、煙る灰の上を靴をこがしながら歩いても、危機感がないのが気になります。

たしかに、新聞紙で作った人工薪にお問い合わせ頂くお客さんの中には、マッチで火を付けられない方が、火に触れたことのない方でお問い合わせ頂くことが、意外に多いのです。経験がないのは、子どもだけじゃなくて、大人も経験がなくなっているということです。

最近の日本では、物事の危険性があると、その危険性について、学んで生かそうという方法がとられることはなく、ほとんどの場合、その危険性を取り除くことのほうが良いようです。食品の安全性も、農薬のあるなしに終始して、その背景に、なぜ、野菜に日本で許可されていない農薬が使われるようになったのかについては、あまり論議されていなことなどです。

火や水、電気など、生活に必要なものに関する知識の教育というものについて、もう一度考えないといけないのではと、つくづく思います。

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私たちにも、温室で暮らすという考え方があります。デスクワークがノートパソコンですむのなら、環境の良いところに人が移ればいいと思うのです。冬と言っても温室の中は日があたれば40度近くまであがります。窓の開け具合で、暖房いらずでポッカポカです。むしろまぶしすぎて、今の液晶画面の性能ではよく見えないので、日陰を作らないといけないなぁと話をしていたぐらいです。最近のオフィスでは、パソコンをしまうロッカーだけを用意して、好きな場所で仕事をするというスタイルが増えているそうで、そういう可能性も高まってきていると思うのです。

さすがに、夏場は暑すぎて窓を開け放って外気温と一緒にするのですが、そうなれば、事務所にもどればいいわけで。

NPO法人「ミレニアムシティ」で行われている試みは、温室の中に小屋を建て、さらに温室の周りの樹木によって、暑い時期は日を遮り、冬場になると葉が落ちて、温室効果を有効に暖房として使えるという考え方だそうです。周りには実のなる樹木を植えて、野草の利用も考えているそうです。摘み草にも通じます。食べられる庭造りは、僕らの願うところなので、なかなか興味深い試みです。

コメントを見ていると、まだ定住までは出来ていないようですが、想像するに夜間は温室効果が見込めません。昼は暖かいが暖房効果はありません。温度差があれば結露などの別の問題になるかもしれません。温室の構造上、湿度が逃げないということもあるかもしれません。

個人的には、農業温室や資材のように、機能だけを追求したシンプルな構造は、デザインとしても優れていると感じるし、コストも抑えることが出来る。かっこよいのに機能的ということが達成できる設計だと感じます。

課題はどんなものでもあることですし、アイデアとしては大量の水を利用して、蓄熱する機構などがあればいいのかなぁと思うところですが、それぞれにいろいろな試みをすることが、環境問題なのではと思います。みなさんは、どんな試みをしていますか?

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単純に思うことは、摘み草の観点からみると、世界中の危機的状況とは関係なく、自然は営みを繰り返しているし、農業は恩恵を人に享受させています。人が豊に暮らす条件は、最低限満たされていると思うのです。

だから、今の右往左往している状況は人間の都合と言うことでしかありません。昨年は実体経済という言葉が多く聞かれました。みんなが分かっていたということなのでしょうが、燃料や鉱物、食品を初めとして、現物として得たものしか、経済を支えていないのではないでしょうか。まずは、この現状を認めなければ、なかなか、底が見えません。

今年は、まだまだ厳しい状況は続くでしょう。なにより、農業、農家さんには厳しくはないでしょうか。近い将来を推測すると、劇的に進んだ円高は輸入食材の低価格化に拍車をかけるでしょうし、出回るお金が少なく、財布のひもも堅くなることから、安物指向は進みます。肥料の高騰を初めとして資材関係のニュースは良く聞かれるようになりました。これだけ、食品の安全性について話題になりましたが、厳しさの前に、安全性を棚上げしてしまうことは目に浮かびます。もともと高い国産野菜はコストも上がる傾向が続いており、消費が維持できるのかは微妙なところ。

経営状態が悪化している農業では、乗り越えることは困難です。だから、廃業も増えることでしょう。ところが、消費者の方の生活には輸入野菜の価格が安くなることで影響がでにくい。このことが、危機感を失わせてしまいます。お金をだしても商品が手に入らなくなるまで、この事態がつづくのです。たしかに、今では、様々な職業があります。それでも、食べ物がなくては話になりません。

お米の話でも書きましたが、米という植物は、うまくいくと一粒が約2500粒になります。農業をお金として計算しなければ利率が2500%のすばらしい商売です。もちろん、自然環境というものは安定しているとは言い難く、芽が出ないことや、病気などの現状は現れます。それでも、稲作には、歴史的な実績があります。人の命をつなぐに足りる職業です。その商売が、食べていけないのなら、今の経済のシステムは欠陥ばかりということです。正直、経済危機を繰り返す人間の経済システムには疑問を感じずにはいられません。

お金は必要です。でも、お金を食べるわけにはいきません。そのうち、消費税も上がります。お金にしないという選択はどうでしょうか。みんなで物々交換して、暮らすことができれば、この状況も乗り越えることができるかもしれません。まずは、人工薪融雪剤。ハーブの苗に、食べられるサボテン。商材にはなりますか?

 

いよいよ。年末の雰囲気がまして、来年の姿も見えつつあります。あまり、文化的なことをするたちではないのですが、それでも、心ばかりのお祝いの準備はしたいもの。

食べ物ばかりの摘み草ブログですが、工芸品などの材料にも使える植物や花木などの品種も、生きて行くには必要なものです。村越三千男の大植物図鑑には、有用植物の一覧が見られるので、いつか、このブログでも取り上げていきたいと思ってはいます。

既に栽培を試験している植物が「ネコヤナギ」です。正月飾りや冬場の生け花では定番です。猫のサマンサに敬意を払い、猫派の企業にもお似合いなんです。ネコヤナギといっても、それは柳です。柳の花のことを、ネコヤナギと呼んでいるに過ぎません。いまでは、様々な形をした園芸品種があるので、その幾つかを栽培しています。

この柳という木は、花木での利用だけにとらわれず、「コオリヤナギ」などの柳細工の工芸品や、おしゃれなピクニックバスケットやワインバスケットの材料としても使われます。また、古くは武田信玄の河川工事の中でも使われ、柳の強い生命力が生かされていたそうです。柳は挿し木で簡単に増やすことが出来ますが、河川工事では、ワラを織り込んだ敷物でコモやゴザを柳の杭で打ち込み、やがて杭にした柳が根を伸ばし、生きた柳の堤ができあがるそうです。四谷怪談の幽霊ではありませんが、昔から、川沿いに大きな柳が生えているのは、そういったことに由来している場合があります。最近はニセアカシヤを植えるケースが多いようですが。そういった資料は図書館のページのほうで紹介していくことでしょう。

こんな便利な植物を利用しない手はないんです。すーっと伸びた出来るだけ形の良い枝を選定してまとめて、バケツの中にさしておきます。それを温室の中に置くこと一ヶ月。今からなら正月頃にはネコヤナギとして見られると思います。大切なのは、霜に当てたり、零下の温度さげて、冬を体験させておくことです。こうしておかないと、うまく花を咲かせてくれない訳です。

今の温室では、昨今の燃料の高騰を受けて、無理な加温をしない無加温温室をテーマにして運用しています。完全にとはいえませんので、零下になるような時期には薪ストーブと人工薪の組み合わせで、夜間の暖房を試みます。ボタン1つでコントロールできるファンヒーターに慣れてしまった僕らには理解できない方が多くなっているとは思いますが、薪ストーブというものは、簡単にコントロール出来ない器具で、かつ、燃料供給が頻繁なため、なかなか、思い通りにはいきません。そのために、寒さに対してある程度強い品種についても考えているのです。

ネコヤナギや、春先のサクラの花などの開化には、積算カロリーが重要であるので、効率が悪くなっても、エネルギーを特にかけないで、目的を果たせるかを試みているわけです。さて、期日までにうまく花を大きくできるのか。観察していきたいと思います。

 

 

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新聞紙生まれの人工薪「紙薪」も新燃料なのだそうです。新燃料といっても、意味合いは少々曖昧で定義が無いのかもしれません。

EICネットの記事にこんなものがありました。正直に言って、ペレットなど、木を薪にして暖房にするという技術は、火の発明をして以来ずっと人類が行ってきたものであって、電気や石油による技術の方が遙かに新しいと思うのですが、形が変われば、それも新エネルギーと呼べるのでしょうか。例えば、バイオエタノールも、開発時期はガソリンエンジンよりも古く、長年かけてきてもコスト的にガソリンや軽油にかなわなかった商品が、急に技術革新するとは考えにくい分野なんです。

だから、「今」の人にとって、最近使わなくなったものが、ただ、目新しいものを新エネルギーとか、新燃料と呼ぶのなら、きっと、新エネルギー技術は日本の将来を救えないのではと思うのです。だって、森林整備を進めて燃料を作ろうという話も個人レベルのものばかり、バイオディーゼルを作るためのアブラナを作る話も規模が小さすぎる。お米の国日本が、燃料向け米の開発にはほとんど注力していない現状があります。減反政策ばかりが政策だとは思えません。(大体、エタノールを混合した燃料でさえ、許可が難しく、一般に普及することはないようです。個人が新しい技術によって恩恵を感じることは当分なさそうです。ブラジルのフレックス車がどのように許可されていくかは、これからも見守りたいところです。)

新エネルギーの意味の中には、昔から継続して利用してきた暖房の技術を改めて見直そうというのが半分あるのです。ただし、不便さがあるから、今では使われなくなったものばかりです。一緒に伴う危険性や、安全性を保つための知恵を、改めて経験して学ぶところから始めないといけないと感じます。

もちろん。新型の太陽電池や、原子力発電所を初めとする核エネルギーの利用も新燃料、新エネルギーです。これからの技術であるし、紙薪が一緒に扱われていると思うと、不思議な気がしています。

人工薪だけではありませんが、まず自分の生活から、脱石油を試みることも、環境対策なのでしょうね。

バイオエタノールとバイオディーゼルの話題はすっかり聞きませんが、どうなったのでしょうか。食料高の引き金となり、世界中の人が影響を受けて、日本でも食料自給率についての話題にあがっていたのに、もう過去の話のようです。今でも、食品の値上げは継続しているし、なんにも解決していませんが、これまた、日本人らしく先送りの気配です。

たしかに、金融危機を初めとして、大きな問題であると感じます。例えば、事故米をバイオエタノールにすればいいじゃないかとかのアイデアすら聞かれませんでしたね。たぶん。事故米を使ってもコストが合わないのが、バイオ燃料。バイオエタノール・バイオディーゼルの現状なんだと感じます。細かいことをいえば、扱っている新聞紙から作った人工薪「紙薪」も、お仲間ですが、リユースを繰り返して、その最後に燃料として消費する人工薪とは、まだ環境対策のアイデアとして深みがあると思っているのですが、ご賛同いただけるものでしょうか。

バイオディーゼルの原料は植物性油で、いろいろな原料がありますが、その1つが菜種です。菜種といえばアブラナであり、菜の花であり、野沢菜もその仲間。厳密には、アブラナ科の植物であれば油がとれるようで、品種は分かりませんが、中でも油をとるのに向いた品種があるのでしょう。でも、油を絞るのにどれだけの種が必要なことか分かりません。一リットルの油をとるにも何百万粒という量が必要なのだと思います。いままで、ベランダ農業やキッチンガーデン用に野沢菜の種を蒔いて、青菜で食べることを提案してきましたが、数百粒あれば、核家族一軒分の青野菜が確保できるのではとと思うのです。油を一リットル我慢するだけで、実は日本の食糧難もずいぶん緩和されるのかもしれないと思うのです。ワーキングプアの状態や、ネットカフェ難民と呼ばれる方々いる中で、コンビニのおにぎりやパン1つで暮らしている姿のなかに、葉ものを追加して、もう少し、栄養条件を整える方向に向けられないかと思うのでした。

因みに、写真の野沢菜は長野の地場産業で一束500円。漬物用に買うことが出来ますが、野菜として使うのもいいですよ。安くないですか?

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このブログのカテゴリーは、食材別や調理方法などであるので多過ぎてしまうのでサイドバーなどにかけないのですが、こちらに一度、まとめてアップしたいと思います。いくつか同じカテゴリーがあるのですが、おいおいなおして行くつもりです。

この一覧から、過去の記事が役に立てばと思います。

 

09.03にカテゴリーは品目別にそろえるように修正しました。これで、各ページでサイドバーがお使い頂けるようになりましたが、それに伴って、タグに移行した物が多くでておりますので、すべてではありませんが、ついても一部掲載します。

ロシアの原子力潜水艦事故の報道があり、ロシアが軍備の増強を続けていることを知りました。トルコに行った際にも、隣国のイラクの安定にはまだ時間がかかるし、もう一つの隣国グルジアは、まさにロシアと戦争状態になっていたわけで、ちょっと不安にもなります。

動向を見ていると、超大国としての面子や意地のようなものがあるように感じます。離脱する国に対して武力攻勢をする国を大国とは呼べないのではないかとは思います。

ここに、今回の金融危機と数年の食料品の高騰が加わると、他の国々との関係を考えても十分に戦争の種が蒔かれてしまっているような気がしてしまうのです。

主食である米やトウモロコシ、小麦を買えなくなってしまったとき、人は暴動を起こします。実際に東南アジアなどで不満が政府に向かっていました。

EUでさえもこれからの景気状況の回復が困難で、不安が高まったときに、戦争の切っ掛けはあるのではないでしょうか。

さらに、中国やロシアの軍事増強に、パキスタンとインドなどの核武装。注意するべき事は無数にあります。何事も起こらなければいいのですが、ここではロシアの動きが一番重要だと思います。

だいたい、ロシアと日本はとても近い国です。何より、原油を独占している中東に対して、十分な資源を抱えているロシアはエネルギー問題でもキーポイントでもあります。天然ガスを輸入できるパイプラインを製造していたサハリン2の話を聞かなくなりましたが、工事は頓挫したままなのでしょうか。中国との両天秤にかけられて、日本はここでも買い負けてしまっているのでしょうか。これもまた、不安な動きです。より高くお金を出す方に売るのだとすれば、資本主義であるはずの日本は文句がいえないのかもしれません。これがあれば、北海道からの輸送される天然ガスによって、安いガス機器が浸透してエネルギー事情が変化するかもしれなかったのですが、しばらくは変化しないようです。

まあ、オール電化を進める電力会社が、ガスの方が安くなってしまうことで、勢力分布が変わってしまうことが起こらなかったのですから、一安心しているのかもしれません。

ほかにも、食品輸入として、いくつかのものをロシアに頼っています。特に冬場の蟹やサンマなどはロシアとの関わりが大きい食材です。また、日本に輸入されている木材もかなりの量がロシアから輸入されています。これが無くなると、キノコ用のおがくずが調達できなくなり、人工栽培のきのこでさえも食べられなくなってしまう状況にあります。ひょっとしたら、ブナシメジやエノキタケは、自給率のなかで国産にはなっていないでしょうか?気になるところです。

昨今の食糧問題

 

水道に関する報道を見ていて、ライフラインの集約型インフラの限界に気がついてもいいのではと思うときがあります。これは一つの意見です。

集約インフラというのは、例えば下水道処理やゴミ処理、水道もそうですし、農業も、電気もそうです。百貨店なども考えてみればそうなのかもしれません。文明的といえばいいのか、都市部の構造はすべて人工的で自然からは逸脱した環境を作り出しています。

たまに書くことですが、都市という物は、類似した自然環境でいえば砂漠です。水もなければ、食料もありません。そこに、湯水の如く石油など原料に電気エネルギーを投入して文明的な生活をおくるわけです。これからの環境問題や資源問題になったとき、そういった社会は正直、弱いと思います。

例えば、自然界を見習えば、様々な生き物が、それぞれの役割をもって、食物連鎖などのお互いの影響を受けながら、種の増減を続けながら恒久的に社会を維持しています。日々変化を続けるなかで、それは、ある程度の許容範囲で守り続けているわけです。

身近な問題として、わかりやすいものをあげれば、オール電化でしょうか。日本にいると電気が流れていて当たり前ですが、世界的に見れば、こんなに安定して運営されていることも、とても珍しい国です。電気という物は、本来維持が難しいものです。だから、なにかトラブルがあった際には、簡単に使えなくなってしまうエネルギーでもあります。ところが、オール電化は、生活のすべてを電気にたよっているので、明かりもなく、煮炊きもできず、暖もとれずなんてことに簡単に陥ります。

以前の日本や、現在の我が家なら、ガスはプロパンガスでタンクは現場にあるので、利用できるかもしれません。薪もあるので、たき火も起こせます(人工薪が十分にあるので、安心です。)。電池だけで使える石油ストーブだってあります。水は井戸があります。森の会議室の美味しい水がいつでも10リットルのタンク2個に十分にあります。これが、多様性というところです。なにか合ったときの選択肢があるということが、とても大きいのです。宣伝では価格だけがうたわれている場合がありますが、エネルギーの分散は大切だと思います。もちろん。火を使わないことの安全性という理由も理解は出来ます。ただ、それを理由に高齢者の方がオール電化の家に住み、トラブルがあったとき、ただ、ご老人の方々が凍えてしまうのなら、ちょっと、迷いを感じます。

ゴミ処理だって、大型ゴミ処理場を巨額投資でつくっても、そのときに起こる環境負荷は、本当に封じ込めるものでしょうか。個人で処理していた頃より、効率は良いのでしょうか。

下水道も、マンションが建ち並ぶような場所なら分かりますが、とても大きな処理プラントを建造する方法と、例えば、肥だめや、埋めて処理していたときよりも、効率が良いのでしょうか。

そもそも、こういったプラントは無限ではありません。それは、東京の夢の島や、埋め立て地が満杯だということも同じ事です。限界はあるのです。足りないとき、どうするのでしょうか。

農業では、産地化やブランド化がよく聞かれます。広大な農地を単一の作物を作り続けたとき、連作障害によって、その土地では5年ほどで、生産量が急激に落ちるものです。土や自然に無理をさせて続けている農業も、結局は自然破壊、環境破壊だということを知っている必要があると思います。

電気は、都市から離れた原子力発電所で作られていた場合、都市部に電気をおくる段階で、一割の電気がロスとして失われてしまうのです。日本の電気消費量を考えれば、信じられない電気が文字通り中に消えます。フードマイレージもそうですが、エネルギーマイレージを考えたとき、疑問は頭をよぎります。

こういった社会がいつまでも続くなんてことは、あり得ません。問題は、どんなタイミングでトラブルが起こるかということでしかありません。解決策を考えてみてもいいのではと思います。因みに摘み草だったら、何種類もの雑草が季節に応じて、植生をかえていきます。その中から、少し分けてもらうことを考えます。食品問題の解決の手法の一つということになるといいのですが。

 

先日、公園でサンマパーティーをしていた大学生6人が厳重注意されたというニュースがありました。何に対しておこればいいのか。何に対してため息をついたらいいのか。社会の矛盾をたくさん感じる始末です。

このブログでだって旬のサンマの話題を記事にしているので、秋になったらサンマを食べたくなるものなのに彼らにはたくさんの困難が待ちかまえていたようです。

まず、6人の部屋ではサンマが焼けなかったそうです。私にも記憶があります。学生向けのワンルームや高齢者マンションにもいえることですが、その安全性のためにオール電化が進められています。理由はよく分かります。ガスなどを導入して火事の原因にならないようにするには必要な対策です。オール電化はサンマが焼けないのかというと、そういうこともないのですが、調べてみたらロースターやレンジの付いているものなら、サンマも焼けるようですが、学生向けの部屋のコンロがそんな良いものであることはほとんど無く、結局みんなサンマが焼けなかったのです。

まあ、人工薪を扱っていても良く感じますが、現代人は火を扱う機会が奪われているせいか、取り扱いがとてもルーズで下手な場合が多いように感じます。だからこそ、ますます安全対策は必要なことなのでしょう。オール電化は、はやりといいますか、時代の流れなのかもしれませんが、私としては、エネルギー問題のことを考えると、住宅で使うエネルギーには多様性が必要だと思うのです。例えば、電気が値上げしたら、灯油、灯油が値上がりしたら、ガス、ガスが値上がりしたら、太陽熱や薪をつかう。私だったら、人工薪が待っています。暖房や煮炊き、湯沸かしというそれぞれの目的に、選んで一つや複数の組み合わせいるほうが、変動する世の中では強いと思うのです。オール電化はその選択肢を奪う行為なのでとても気がかりに思うのです。勿論、基本料金を圧縮できる金銭的意味で納得している方も、それぞれの考え方だと思います。

次に、公園でのたき火。公園のほとんどはたき火が禁止されているので仕方がありませんが、落ち葉炊きでの焼き芋は、立派な日本の文化と食生活でしたが、これも許されません。その意味では、あんなに美味しい焼き芋を子供達から奪っているってのも食育にも問題だし、コミュニティーの崩壊の一つのようにも思います。これが原因で、公共費用の増加や、医療費の増加につながってはいないでしょうか。もうひとつ、気がかりなのは童謡の「たき火」はルール違反なので、もう歌われないのでしょうか。切ないですね。この焼き芋が恋しくて、薪ストーブで焼いた焼き芋がこちら

サンマの煙で通報したという近所の方の心情もわかりますが、大げさなことになってしまったなぁとか、これが、焼き肉だったら、もう少し怒られなかったのでしょうか?

出来れば、燃料高で悲鳴を上げている漁師さんや水産業の現状を考えれば、魚を食べたい若者は応援すればこそとも思うのですが、方法論はないのでしょうか。農林水産省さんどうなんでしょうか。
本来、摘み草と世界同時株安や暴落は摘み草料理とは関係が無いものです。大体、株の動きというものは人間の都合で動くことが多く、大きな自然災害で被害が出ようとも、ここまでは株への影響は出にくいのではないでしょうか。いざなぎ景気越えという話の実態の無さでしょうか。結局、長野でも、地方にそのお金の流れが波及することなく、給料は上がることのないままに不景気の足音が聞こえています。みんなが不景気だといっているのに、政府は景気がいいと言ってましたが、実際には大きく減った税収を見て、結果として増税の内容ばかり、商品の値上げが進んだ中で県など税金集めに必死で、未来につながる新規事業の育成にはゆとりもなく。新しいアイデアは政治の古い枠の中で押しつぶされているような状態は末期的です。
結局、この混乱は銀行や証券会社などの金融機関が作った金融商品サブプライムローンが信用のおけないものだったことが始まりで、おそらくこれを世界中にばらまいた営業マンがいたことでしょう。数年前、アメリカの景気についていろいろと発言していた経済学者も、この責任を受けているのでしょうか。それぞれの存在価値が問われると思うのですが。

大体、温暖化によっては(これも経済活動によって起こっている現象ですが)植生の変化が見られますが、摘み草の主役の雑草たちは、株安や大暴落、円高には無関係に今日も種から芽を出し、はびこってきます。農業や畜産業は生産量が予定を越えることはほとんどありません。災害などによって収穫できないということはあり得るのですが、金融のように、いきなり倍の生産量になるということはありません。これが、経済の根幹だろうに、これは世界の常識ではないようです。

大きな話しだとはいえ、給料という形で影響を与えてくるのは間違いありません。だから、ますます、食品などの自己防衛は加速するしかないでしょう。この世界の危機を乗り越える手段の一つとして野沢菜の種を蒔くことにしました。
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といっても前から試験的に蒔いているのですが、このブログでも大活躍の野菜です。種蒔きをしてから10日ほどでスプラウトが食べられるようになったら、それ以後は、大きくなった分を次々に収穫していけば4月後半まで青物野菜に事欠きません。それが、なんと、215円得用の種を買えば実現刷るわけです。因みに、野沢菜なのは寒さに強く、長野の土壌の経験則が多く知られているのが理由です。変えないところでは、少々割高ですが小松菜を蒔けばいいのではないでしょうか。これは主婦の味方になるはずです。まあ、そもそも、庭は必要なんですが。このことをふまえると都市部の方がこの不況というか、恐慌の中を切り抜けるのは、本当に厳しいでしょうね。摘み草なら美味しいものは保証できませんが、なんとか食いつなぐことぐらいは出来ると思います。

ちょっと話しが変わりますが、こうやってを眺めていると、バイオディーゼルはこれから油を搾り取ろうっていう話しなのだから気の長い話しです。たかたが、一握りの種が数百円するものを絞って、いくらの燃料をを作るつもりなのでしょうか。

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僕らの発表する内容には、一つは江戸時代の文献について提案した論文発表を行っている。
それは、いまの科学者が不可能だと否定する。完全なエコロジー社会がすでに江戸時代に達成していたということ。明治以降、劇的に進歩したと思っていても、必ずしもそうでもなく。実際には江戸時代に完成された優れた技術もたくさんあることを提案したいからです。残念ながら、現在の大学教授という方は、専門性が高過ぎて、なかなか古くて新しい提案については取り入れることは難しいのですが。当日の質問に、すぐに江戸時代の生活にもどせというのかという意見をきかれました。はっきりいえば、いまの消費社会を続けられる理由はないので(続けるという資料がありましたらご紹介ください)、戻さなければ、継続的な社会は達成に間に合わないのではと感じますが、いきなりの極論なので質問に対して横柄してしまいました。それが無理なことは十分にわかっております。ただ、この摘み草というコンセプトは、江戸時代、昭和初期まで続けられて来た日本独自の文化を、現代の生活に、もう一度提案して、融合したときに新しいものが生まれると思いますし、まず自分から実践中です。

今回紹介している草木育種には接ぎ木の詳細な挿絵が加えられています。
農家の方にみていただくと、いまの技術とほとんど変わらないといいます。違うのはプラスチックとビニールの道具があるぐらいだといいます。背景には徳川家康が盆栽を珍重し、国をあげた開発が行われてきたことがあります。今にない発想と経験の積み重ね、ここに失われた技術があるのだとしたら、今こそ役に立つかもしれません。今、Apple図書館に蔵書されている5000冊近い古い本はありとあらゆる分野のアイデアときっかけの宝庫なのです。気になったら問い合わせみてください。

今年の日本生物環境工学会2008年松山大会では今回は2つのポスター発表と、1つの口頭発表を行いました。

論文については論文一覧に掲載致しますのでご覧いただけますと幸いですが、ここでは普通の生活にどんなつながりがあるのかを簡単に分かりやすく説明できればと思います。今回は「太陽光発電による自立型植物工場の試み」です。

さて、皆さんは植物工場というものをご存じでしょうか。この植物工場とは室内で光には蛍光灯やLED。気温はクーラーと石油ストーブ、土を使わずに植物が必要とする栄養を液体の肥料として与えます。空気でさえも、虫や病原菌が進入できないように洗浄した空間で、ベルトコンベアーや工業用ロボットを駆使して、人さえも必要としない。まさに自動に農業を行う工場が植物工場というものです。この環境で作られて野菜は、完全な無農薬が達成できて、病気もなく、よく日持ちし、決まった大きさのものが、天候の影響をほとんど受けずに次々に生産されます。はっきりいって、いま問題になってる食品の安全安心は、すぐに解決出来るという理想の農業です。ただし、設備費がとにかくかかります。とにかく、制御するために多くのエネルギーを必要とします。これが問題です。また、完全な自動化を目指すほど費用がかかるため、通常では部分的に人員を配置すると、清潔な管理に大変な浪費をかけて生産しています。
さて、今回の論文は、第一にエネルギーを要求する液体の運用に、ソーラーパネルをつかえば、農地までの電線を引く必要がなくなり、設置できる範囲が多く広がります。また、液体肥料をタンクに汲み上げて置くことで、電気を発電できない夜の時間でも自動的に供給できるモデルを提案しています。
また、この技術は人工衛星や宇宙船技術のように、そもそも電線をはれない場所でも農業が継続できる技術の一貫でもあります。

この技術は、摘み草とは対局の技術です。一方は、どれだけエネルギーを投入してもいいから、いまの人達が求める信用できる安心安全な食品を安定して供給する。かたや、自然そのものに身を任せ、新たなエネルギーを必要とせず。肥料も農薬も必要とせず、だからこそ、安全でフードマイレージのもっとも低い食品をうみだす。目の前生きているものには、保存にすらエネルギーを必要としないわけです。そもそも安全や食糧難への試みは一つの方法で解決するわけがないのです。様々な試みが必要です。だからこそ、両極端な方法も僕らは提案しています。

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摘み草日記は、学会にも進出しております。雑草を食べる話しを学会上で報告しているわけではありませんが、当ブログは食品の安心安全をはじめ、新しい植物の利用、最新の技術について取り入れるためにも積極的に学会に参加しているのであります。

長野から高速バスを駆使して、愛媛の松山。愛媛大学にやってきております。

 

TS3E0968.jpgこの日本生物環境工学会と言う学会は植物と機械を中心に、様々な分野の大学や先生、企業の方々が新しい提案や試みの報告をしております。だから、この学会には、光学・工学・理学・医学・農学・薬学・宇宙工学など、ありとあらゆる情報が集まります。

そこでは、学科を越えて様々なアイデアの融合が生まれ、次につながる新しい技術ににつながっています。この学会の強みはこのつながりにあります。

だから、ニュースでも話題になるような。温暖化やエネルギー問題、自給率など食料問題など、興味深い話しが聞けました。確かに、学会という場所は頭の固い部分というものはあります。私としては、普通の方が身近に使える技術の種を報告できればと思います。そのため、気になる論文や、私どもでの発表など報告していきますのでご覧ください。

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北海道から生さんまが空輸で届きました。今日明日は刺身OKの新鮮なものが、山国である長野で食べられる贅沢さに感謝しなければいけませんね。

知ってますか、サンマの口先は黄色なんですよ。写真で魚をみると、ちょっとインパクトがありますね。新鮮なものでないと、この色は見えないのかな。冷凍されたものを近所のスーパーで買っても、あまり覚えがないですから。

 

TS3E0904.jpg今年は、燃料の高騰で漁自体が難しくなってきているので、旬のサンマも手に入れにくくなっています。手に入らなくなるから、食べなくなって、ますます魚離れが進んで、また売れなくなるなんて事態だけは避けて欲しい物です。やはり、旬を大切にすることが、一番「食」を守れるとは感じます。

去年はサンマのナメロウを作りましたが、ひとまず刺身にしてみました。不慣れではありますが、三枚に下ろし、薄皮を剥きます。ここで悔しいのがあばら骨をそぎ取るところ。この時に、ごっそりと身が付いてしまうんです。これがもったいなくて仕方がありません。ここにプロと素人の差が出てくるように思います。

サンマの刺身はもう一つとても難しいポイントがあります。今日のは失敗です。アジの刺身もそうですが、問題は中骨の存在です。背骨から身の方に突き出した細かい骨が口当たりを悪くするんです。鯵の場合は骨抜きを丁寧にするのですが、サンマでもするのでしょうか。中骨の所まで切り出そうとすると、いくら立派なサンマでも身が小さくなる一方です。だから、骨があっても食べられるように今度はたたきにして食べようと思います。まあ、どんな形になっても、脂がのってとても美味しいのですが。

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摘み草料理にゴミは無し。土に帰りますから。というブログを書いたばかりですが、ゴミについて思うことをもう少し。

先のブログにも書いたことですが、摘み草は身近な植物を利用します。すぐソバにあるから、保存に冷蔵庫は必要ありません。食べ頃になった物から必要な分だけを収穫します。少し余っても、土に帰る物ばかりでもあります。だから、摘み草料理には最終的なゴミは残りません。

私だってコンビニを多用します。必要な物はあるし、便利なのだから仕方がありません。ただ、大学生の食生活を観察しているにつけて、ゴミの量が尋常ではないということに思い至りました。

いまの日本人は、だれもが当たり前だと信じて疑わないでしょう。食品の原産だって、包装紙に印刷しなければ納得できないのですし、かなりの人が、食品をデザインで購入します。ただし、それらはすべてゴミになります。必要な物は中の食べ物ですが、購入の基準は外装にあるわけです。

これは、いまの常識ですが、とても不自然です。だんだんとこういったねじれ現象が増える一方です。この状態がいつまでも続くとは思えません。これは、食育で考えているのでしょうか。

今は、エコバックがはやってますが、どうも増えてもゴミは減らないような気も。

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