11月17日、メールが届きました。
長野電波技術研究所 御中
 長野県共和村における俳人、梅沢伊勢三先生(俳号、一栖)の終戦時(1945年8月15日)
における活動状況について、マルホ株式会社が全国の俳句愛好者約一万人から募集し、
昭和60年12月20日に発行された、昭和20年8月15日を詠む「昭和万葉俳句集」が
あります。その49頁に、長野県共和村にて坑道作業中と題する下記の句を詠んで
おられます。炎天の軍靴石踏み外し踏み外し 仙台市西の平梅沢伊勢三(一栖)
と記載されております。ウィキペデアによると、一栖先生(1910年11月27日~
1989年10月6日)は、埼玉県生まれ。本籍は宮城県。1943年、東北帝国大学方文
学部日本思想学科卒の国文学者の俳人です。俳人としては、1933年、「馬酔木」
所属、1959年「河」同人。1967年、俳句結社「澪」を創設し、主宰となられた。
実は、私も東北大学定年後に俳句を学びはじめ、平成20年に「澪」に入会、平成
24年、同人となりましたが、一栖先生がお若い時に共和村で仕事をされていたと
いうことを知り、驚愕いたしました。つきましては、一栖先生が終戦時(1945)に
鉱山で仕事をされていたという鉱山のあらましと、先生がどんな役割の仕事を
いつからいつまでされていたのか、調査され速報して戴きたく、よろしくお願い
致します。
2019/11/17 〇〇〇 〇
ではまた、広報担当サマンサ日記


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