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柿の木のこと

今も田舎の屋敷や屋敷跡には柿の木が何本も植えられています。
それぞれ違う品種の柿の木が植えられたり接ぎ木されたりしています。
いつ頃から接ぎ木の技術があったのでしょうか。
武田信玄の事を書いた甲陽軍艦という本には
「渋柿に甘柿を接ぐ必要はない、しかし、
接いでしまったらそれはそれで切る必要はない、
渋柿は渋柿で甘柿は甘柿で利用方法がある。」
と言うような文章があります。
これは人の個性を上手に使うことのようです。
柿の接ぎ木は約450年前の川中島合戦の頃には
一般に行われていたと思われる文章です。
渋柿の渋を取って和紙に塗りつけ防水、防虫の紙を作ったり
強くするために塗ったりしたようです。
江戸時代の本の表紙に使われた渋を塗った紙が今もたくさん残っています。
保存用なのでしょうか、甘さを増すためだったのでしょうか、
渋柿を甘くして食べる必要で作ったのでしょうか。
皮をむき干し柿を作ったりしました。これは今でも作られていますよね。
干し柿の残りの皮は甘味料として煮物や漬け物に利用されてきました。

柳は簡単に挿し木ができますが、洪水を防ぐための土手などにも
たくさんの柳の挿し木が使われたようです。
柳が簡単に挿し木ができるためでしょうか、
折れても倒れても、芽を出してきて、
生命力が強く見えたのでしょうか。
柳は御神木になったりしています。大きな柳の下に祠があるところを
所々で見かけます。今では水路などの工事はコンクリートが使われますが、
昔は竹で編んだ蛇篭に石を入れたり、藁で編んだ菰を土に敷いて、
その菰を柳の杭で固定していました。杭の柳は短い間に根を出し、
芽を出し枝を出して、土手を強固なものにしていきました。
150年前の善光寺地震で崩れた場所には竹が植えられ
現在も崖崩れを防いでいます。
さらに、竹は洪水がおきて被害を受けた場所にも
植えられ現在もその場所が分かります。
大きな河には今はテトラポットを使って水流を弱めていますが江戸時代は
牛と呼ばれる木を組み合わせたもので洪水を防いでいました。
江戸時代のテトラポットだったんでしょうね。
自然のものを使う技術は少しずつ忘れられているように見えますが、
材質が変わっただけで基本になるものは
今も昔から受け継がれているようです。
いろいろな植物もまたその利用方法も資源として捉えると、
新しい産業も生まれたり見えたりします。
ではこの辺で、サマンサでした。


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  • 広報担当の三毛猫です。
  • サマンサ日記は、
  • 猫の目線から見える世界を
  • 綴った研究雑感です。



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  • 参考までに
  • 吾輩は猫である (岩波文庫)
  • 魔女の宅急便
  • アイムス 成猫用 白身魚味 7.5kg
  • アイムス 成猫用 体重管理用 チキン味 7.5kg

 


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