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邪馬台国を捜してみたら

魏志倭人伝は日本に付いて書かれている最古の文章として有名です。
約2000の漢字で西暦260年頃の日本が書かれています。
書いた人は、陳寿 (ちんじゅ)中華人民共和国 AD233 魏・呉・蜀
233~297 中国、西晋の歴史家、『三国志』の著者。巴西郡安漢
(四川省南充県北)の人、というデーターがあります。
三国志の中に魏志倭人伝が有ります。魏志倭人伝によると、
(新人物未来社の陳寿の地図から抜粋)通過場所と距離は次のようになっています。
陳寿さんの想像した距離        実際の距離 
 帯方郡から狗邪韓国まで7000余里、 630km
 狗邪韓国から対馬まで1000余里 95km
 対馬から壱岐まで1000余里 100km
 壱岐から末廬国まで1000余里 52km
 末廬国から伊都国まで500余里 53km
 伊都国から奴国100余里   16.5km
これによると陳寿さんの1里は約540mとなります。
問題は帯方郡、狗邪韓国は韓国にある地名で、魏志倭人伝が書かれた
時代と緯度、経度に違いがないと思われますが、
対岸の島、対馬は本当に今の対馬かどうか、
つまり対島とか津島とか疑問があります。
さらに、次から次へと島を渡ったり、幾つかの村を通過して、
卑弥呼の国、邪馬台国に着いたと言っていますので、
邪馬台国の発見は昔の村が分かると簡単と思えるのですが、
魏志倭人伝には方位が正確に示されていないのです。
確かに陳寿の地図によると、方位を間違えると福岡から鳥取辺りまで
いや、東シナ海まで広げる必要があります。
方位は距離よりも日本への上陸地点が変化してしまう事になります。
1700年前の方位の計測はどうしていたのか。
磁気による方位、太陽、月、星などの観測が出来たのかどうか、
など調べてみると、星の観測は「天文図解」 井口常範著 刊本5巻5冊
元禄2年(1689) 日本で初めて刊行された天文書といわれており、
その本の元となった本が、中国では800年以上前に出版されているそうです。
方位については暦に記載されているので、
農耕が始まったときから方位については、
何らかの知識があったと思われますよね。
三角測量はペリーが日本に着たときに、江戸湾の詳しい測量をした地図が
報告されています。また、渾發量地速成(こんぱすりょうちそくなり)と言う、
三角測量の本が弘化三年に出版されています。
現在見ても正確さがすばらしい、伊能忠敬さんの測量も
基本的には歩幅とコンパスを使ったようですから
邪馬台国は、方位の研究で発見が出来るかも知れませんね。
じゃまた、サマンサでした。


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