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暦のこと

現在の太陽暦は明治5年に採用され、この時の明治5年12月3日を
明治6年1月1日としたもので、明治5年以前に書かれたものは太陰暦で書かれています。
もちろん、明治5年以前は太陰暦を基に生活していたんですよね。
太陰暦は月の満ち欠けを基準にして作成され、毎月1日は朔(さく)の日で新月、
毎月3日の夜に見える月は三日月(みかづき)、15日は満月、と決まっていました。
月はほぼ29.5日周期で満ち欠けをくり返すので、1ヶ月は29日か30日、
1年はおよそ354日となります。
これに対して、太陽の周期は365.2422日ですから、
1年におよそ11日、暦と実際の太陽の動きとがずれてきます。
そのままにしておくと、10数年後には夏と冬が逆転してしまうことになるので、
数年に1回1ヶ月余分に入れて、1年を13ヶ月としていました。
この余分に挿入された月を閏月(うるうづき)といいます。
そう、一年に13ヶ月の年がありました。
江戸時代の日記などを見ると、2月25日頃に葉桜になっていたりします。
旧暦の2月25日は新暦では4月16日に当たります。
このため、江戸時代に書かれたものは新暦に計算して考える必要があります。
閏月は慶長元年(1596)から明治5年(1872)までの276年間に閏月は101回ありました。
それも、閏の大(30日)が22回、閏の小(29日)が79回ありました。
また、閏月の配置は19年に7回入れると太陽暦に近くなり、自然に感じたようです。
それに閏月を入れる月にも自然になるように工夫していました。
閏月を入れる月を調整していました。1596年から1872年まで調べたら
1月7回、2月9回、3月8回、4月13回、5月10回、6月8回、
7月9回、8月11回、9月5回、10月8回、11月7回、12月6回、ありました。
でね、一年の平均日数354~355日で閏年の日数は384日でした。
4月が多いですよね、同じ月が2回ある時は好きな月を2回したいですよね。
古文書などに出てくる、江戸時代の結婚式や建て前の日が
大安であったりすると、とても楽しくなったりします。
太陽暦を使っていた、エジプトでは太陽が東から昇って、
西に沈むまでの通り道が毎日違うことを知っていました。
また、一年後に同じルートを通ることも知っていて、
30日を1ヶ月、1年を360日としていました。
このため5日間余分な日ができたため、この5日間を休日にしていました。
いろいろな暦を見ると、先祖が太陽と月と地球の動きをいろいろな方法で
観察し生活していたことが分かって面白いですよ。
サマンサでした。ではまた。


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  • 参考までに
  • 吾輩は猫である (岩波文庫)
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