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死んだらどうなるか

と云う質問に今時の小学生は、
また、生き返ると答えた子供さんが21%もいたそうです。
答えた子供さんは、答えた理由を 何となく だそうです。
テレビゲームの影響でしょうか、死んでもリセットができると思っているのでしょうか。
では、本当は死んだらどうなるのでしょうか。
人は死んだらゴミになるといった人がいます。
いかにも唯物的な考え方ですね。
事実はゴミではなく灰になるのでしょう。
灰は事実で、ゴミは一つの価値観です。
ゴミは無用なもの、不必要なモノの代名詞です。
人間の最後がゴミならば、人間の生存はゴミへの途中でしょうか。
それにしても、なぜ私たちは「人は死んだらどうなるのか」と問うのでしょうか。
おそらく、それは私たちがどこから来てどこに行くのかがわからない、
その存在の不安からおきているのでしょう。
それは来た先と行き先を問いながら、
実は、現在の自分を問うているのです。
現在ただ今の自分がわからない、その迷いが
「人は死んだらどうなるのか」と死後を問わせるのです。
インドに古くからある輪廻(りんね)の考え方は、
そういう問いに、霊魂不滅の立場から、
生まれ変わり死に変わりする人間の在り方を提示して、
死後のよき再生を願って、いまの不幸を耐えて来世のために頑張りなさいと教えます。
日本においては、人は死んだら霊となり、その霊となった死者に対して、
生者が慰霊・鎮魂・祭祀をしないと、
死者に祟られ、災いをもたらされると考えられています。
それはこの世の吉凶禍福がすべて霊の支配下にあるとする考え方です。
インドの輪廻の思想も、日本の霊の宗教も、いずれの場合も、
この現在の矛盾と不正と過ちを作り上げてきた私たち
自身の愚かさに目を向けることを妨(さまた)げています。
それに対して浄土真宗の教えは、我は「煩悩具足(ぼんのうぐそく)の凡夫(ぼんぶ)」、我が世は「火宅無常(かたくむじょう)の世界」であると、
どこまでも過去を背負い、未来をはらむ自分のこの「現在」をごまかさず
問うものであります。
そのような自分の「現在」を問わないで「人は死んだらどうなるのか」と考えることは、私たちを出口のない路(みち)に迷わせ、
神秘的な世界観に惑わすこととなるだけでしょう。
ちょっと偉そうに書きましたが、ネットのコピーです。
あなたは死んだら何になりますか。
ではまた、サマンサでした。


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  • 広報担当の三毛猫です。
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  • 参考までに
  • 吾輩は猫である (岩波文庫)
  • 魔女の宅急便
  • アイムス 成猫用 白身魚味 7.5kg
  • アイムス 成猫用 体重管理用 チキン味 7.5kg

 


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