京都教育大学の学生6人が集団準女性暴行容疑で逮捕され
不起訴処分になった問題で、京都教育大学は、
学長が学長として責任を痛感した、として辞意を表明したそうです。
学長が辞めれば事件が無かったことになるのかどうかは分かりませんが、
このような事件の場合、事件を長く引きずっていることは
事件の関係者、特に被害者にとっては、良い影響をもたらすことはありません。
また、大学生の場合は同じ歳で、社会人もいますので、
加害者を学生ということでなく、大人として裁く必要があります。
何れにしても、京都教育大学では、今月下旬をめどに学内に設けた、
特別対策委員会が中間報告をまとめた後、学長が辞表をだすそうです。
同学長は2005年4月に学長に就任し、現在2期目で、
任期途中の学長の辞任は、国立大学法人として前例がないそうです。
学長は、学生の不祥事により社会に多大な迷惑をかけ、さらに、
本学の教育に対する社会的信頼を大きく損ね、関係する方面に
多大な混乱と迷惑をかけた、として辞意を表明したそうです。
政治家にも不祥事が起きると、辞めることで解決させようとする議員さんが
後を絶ちませんが、当然、不祥事が無ければ辞める必要も無いのです。
それに、辞めて解決するものと解決しないものがありますし、さらには、
不祥事を起こした加害者も、また、その被害者も、
さらに加害者や被害者の両親や兄弟は辞めることも出来ません。
不祥事が起きたら辞めること、本当は、ずるい方法のように思えるのです。
ではまた、広報担当サマンサでした。
追伸、問題を起こしそうな学生は、センター試験の成績では判断出来ません。
また、問題を起こした学生を退学にしても、その大学の外にだしただけのことです。
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辞めて責任を取ること
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