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知っているようで知らない米のこと(4)

稲の品種改良や栽培技術の習得は弘法大師さんのお引き合わせとのことです。
江戸末期から明治、大正にかけて優良米として四国松山地方で広く栽培された
栄吾米という米があるそうです。栄吾米は、愛媛県松山市東大栗町の
上松栄吾によって改良され、栽培面積が広がっていったものだそうです。
1849年8月、栄吾49歳のとき、四国霊場88ヶ所巡礼の途中、
高知県宿毛市の山間部で、茎が非常に太い、1株の稲の変種を発見したそうです。
草丈が長く、茎はしっかりしていて、粒の膨らみも良いものだったそうです。
子供の頃から稲の品種改良に関心を持っていた栄吾は、これこそ、
弘法大師さんのお引き合わせであろうと、穂を分けてもらって帰り、
村の庄屋に話したところ、庄屋は栄吾に自分の田を貸し与え、研究を勧めたそうです。
翌1850年の春から試作を始め、工夫に工夫を重ねた結果、
茎が丈夫で風雨にも耐えられ、米粒が太く、白くて光沢があり、
美味しい、米ができたそうです。この米が周辺の村々にも知れわたり、
籾種や育て方を求めて、多くの人々が栄吾を訪れ、その後、周辺の村々でも、
栄吾米を奨励するようになり、三か村を種村に指定したそうです。
栄吾米は、中稲で稲が出る時期は9月初旬で、株の張りは15.3本、藁の長さ101.6㎝、
穂の長さ21.5㎝、穂の部分の長さ12.0㎝、1穂の粒数17.24個、1000粒の重さ
25.7g、で、酒づくりの米としても適した良質米で、この籾種は一升につき、
白米二升が交換条件とされ、大阪市場でも、栄吾米は好評で通常米の
1割5分から2割の高値で取り引きされたそうです。
この栄吾米が知られる前から、信州からも四国霊場88ヶ所巡礼に
でかけていたようですが、江戸後期から明治にかけては特に、村の経費で
四国霊場88ヶ所巡礼にでかけた人が多かったようです。
信州の村々では、四国霊場88ヶ所巡礼に行ってきたという碑が建っています。
四国霊場88ヶ所巡礼に行ってから、村々の稲の出来が良くなったかどうかは、
資料がありませんが、稲の品種改良や栽培技術の習得を
弘法大師さんに頼っていたようです。
ではまた、広報担当サマンサでした。


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  • 参考までに
  • 吾輩は猫である (岩波文庫)
  • 魔女の宅急便
  • アイムス 成猫用 白身魚味 7.5kg
  • アイムス 成猫用 体重管理用 チキン味 7.5kg

 


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