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古文書はいろいろなことを伝えてくれます

1707年に起きた富士山の宝永の噴火では、噴煙の高さが約20㎞に達した
大きな爆発だったことが、静岡大学の研究で分かったそうです。
静岡大学防災総合センターの教授らは、記述の信頼性の高い
山梨県市川三郷町や長野県下条村、それに、名古屋市に伝わる古文書を選び、
その古文書が伝えている噴煙の様子を分析して、各地点から富士山の方角を
見た立体画像を作り、コンピューター上に上書きして調べたそうです。
その結果、これら3地点では、地形の関係で富士山を直接見ることはできないそうですが、
噴煙は最低でも高さ8㎞に到達しないと見えないことが分かったそうです。
また、噴煙が天のなかばに立ち上る、と書かれている、山梨県市川三郷町の
古文書の表現から宝永噴火の噴煙は高度約20㎞に達していたことが判明したそうです。
火山の噴煙は、エネルギーを短時間で解放する激しい噴火ほど高く上るため、
過去の国内の噴火でも有数の爆発だったことが確認できたそうです。
このため、今後の災害予想も見直しの必要性があるということです。
研究結果は、神奈川県小田原市で開催中の日本火山学会で発表されたそうです。
一方、赤穂浪士が吉良邸に討ち入りした後、赤穂浪士たちは、切腹したのですが、
吉良上野介の息子も、父を守ることができなかったという罪で流罪になっています。
息子の名は、吉良義周で、墓が長野県諏訪市にあります。義周は米沢藩の藩主
上杉綱憲の次男として生まれ5歳の時に実際には祖父である上野介の養子になり
16歳の時に江戸城松の廊下で浅野内匠頭の刃傷事件が起こり、9ヶ月後に
吉良の庄3000石を相続しましたが、そのわずか1年後、元禄15年12月14日、
義周が17歳の時、赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件が起こり、
吉良義周は諏訪の高島城へ流されました。
宝永3年1月19日に危篤に陥り、20日死去した、享年21歳でした。
この義周の死因を巡り、諏訪湖には蚊が多く蚊帳を使うことを許されて、
使っていたことから、マラリア死亡説がありますが、諏訪のような寒い場所では
マラリアは無いという説もあり、歴史ファンの間で話題になっています。
古文書が読めるとその時代の本当のことが分かってきます。
ではまた、広報担当サマンサでした。
追伸、戦国時代の古文書では、蚊に刺されて爪で掻いているうちに
皮膚が破れて病原菌が入って化膿した、記述とか、
虫刺されにより敗血症を起こしたことなどが書かれています。
合戦相手も、虫刺されも大変だったようです。


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  • 綴った研究雑感です。



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  • 参考までに
  • 吾輩は猫である (岩波文庫)
  • 魔女の宅急便
  • アイムス 成猫用 白身魚味 7.5kg
  • アイムス 成猫用 体重管理用 チキン味 7.5kg

 


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