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江戸時代にも上田城が狙われました

上田市で2010年7月24日、夕方、突風が吹き、屋根が飛ばされたり、
木が倒れてたりして、3人がケガをしたそうです。
24日、午後6時半頃、上田市の中心部、上田城の駐車場で突風が吹き、
駐車していた車の上に、大木が倒れ、屋根やフロントガラスが壊れたそうです。
車の中には男性が乗っていて、足を挟まれるなどのケガをして病院で手当てを
受けたそうです。また、上田市内では、同じ時間帯に別の場所でも、突風で倒れた木が
自転車に乗っていた高校生に当たり、肩などに軽いケガをしたり、飛んできた
看板の破片が女性に当たり、頭に軽いケガをしたそうです。
また、高校の建物の屋根が突風で飛ばされ、隣の住宅の庭に落ちたそうですが、
ケガをした人はいなかったそうです。この住宅に住んでいる男性は、
雨が降り始めたので、洗濯物を取り込もうとして窓を開けたところ、屋根が
落ちてきたと話しているそうです。
長野県には24日、午後6時頃から午後10時半過ぎまで、断続的に竜巻注意情報が
だされていたそうですが、全く知りませんでした。
竜巻注意報がだされていることを知ったら、どうすればよいのでしょうか。
雷の場合は、車の中にいれば安全とのことですが、どこで竜巻が起きるのか、
また、どこに逃げれば安全なのか、知りたいことがたくさんあります。
上田市は長野県内でも、温和な気候の場所なのです。
ではまた、広報担当サマンサでした。
追伸、上田城は天正13年(1585)、真田昌幸は上州沼田領を巡り、徳川家康と
敵対したため、徳川軍の総攻撃を受けたが、少ない手勢で見事に撃退しました。
さらに、慶長5年(1600)の関ケ原の合戦の時には、徳川秀忠が率いる、
3万8000人の大軍を、上田城に立て籠もっていた、真田昌幸、幸村の城兵は、
2500人であったが、真田軍は押しては引くという作戦で、6日間も徳川秀忠軍を
足止めさせた。このため関ケ原の合戦に間に合わなかった徳川秀忠は、
父、家康から大目玉をくらったという話しが残っています。
また、上田城は、宝暦11年(1761年)に起こった農民一揆では、
農民約1万3000人に占領されてしまうという一揆、上田騒動が起きました。
上田では、この上田騒動を含めて何度も農民一揆が起きています。
一揆の発祥地は、いつも上田より標高が400mほど高い青木村から起きています。
このため、上田城周辺と青木村の気温差が一揆を起こした可能性が指摘されています。
上田騒動の資料は長野電波技術研究所附属図書館にあります。
コピーや撮影が可能です。


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  • 広報担当の三毛猫です。
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  • 参考までに
  • 吾輩は猫である (岩波文庫)
  • 魔女の宅急便
  • アイムス 成猫用 白身魚味 7.5kg
  • アイムス 成猫用 体重管理用 チキン味 7.5kg

 


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