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原子爆弾救護報告

1945年8月9日、午前11時02分、アメリカ軍が長崎市に対して投下した
原子爆弾は実戦で使われた2発目の核兵器で、当時の長崎市の人口
24万人の内、約14万9000人が死没し、建物の約36%が全焼又は全半壊した、
と伝えられています。原子爆弾が長崎に投下されてから、長崎大学医科
物理的療法科が記録し、学長に提出した、原子爆弾救護報告の原本からの
写しがウチの図書館にあります。当時、第11医療隊隊長、永井 隆 助教授も
負傷し、翌日帰宅し、自宅、台所の焼け跡から妻の遺骸を発見し、骨片を
集めて埋葬したそうです。また、負傷者の治療には、包帯がなく、ガーゼを
サツマイモのつるで縛った、と書かれています。現在も癌になった被爆者から
患部の細胞を採取し、DNAなどを冷凍保存する取り組みを、長崎大学が
2008年から続けているそうです。今は放射線による癌と、通常生活での癌を
見分けることはできないそうですが、長崎大学大学院では、被爆者の癌細胞を
詳細に解析すれば、放射線によって変化したDNAなどの特徴を見つけることが
できるかもしれない、と研究を続けているそうです。癌細胞の採取は、
日赤長崎原爆病院と長崎大学病院で実施し、癌の手術を受ける被爆者から
承諾を得た上で、癌化した部分と周辺の正常な部分を採取してDNAとRNAを
抽出し、-80度で、被爆者腫瘍組織バンクに保存しているそうで、今年3月までに
365例を集めたが、特徴を見いだすためには、数が少ないそうです。長崎の
被爆者の平均年齢が77.5歳と高齢化し、また、人手も少ないなど環境は
厳しいそうです。原子爆弾救護報告は67年間、続けられているのでしょうか。 
ではまた、広報担当サマンサでした。
追伸、原子爆弾救護報告は1945年8月12日から始まり、10月15日に
長崎大学に提出されました。


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