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デング熱の可能性は無いと思いますが

日本国内での感染が報告されているデング熱をめぐって、
東京の代々木公園周辺を訪れた10人以上に、
感染の疑いがあることがわかったそうです。
江戸時代にも、こんな記事がありました。
吉良義周の最後は、元禄16年、1703年2月11日、赤穂浪士の
切腹から1週間後に諏訪藩の130名に護送されて江戸を出発し、
義周が連れて行く事を許された家臣は、孫兵衛と新八郎の2名のみで、
荷物は長持3棹とつづら1個だけだった。高島城に着いた義周は
南丸に幽閉されたが、高家の子息という事で諏訪藩の藩士たちは、
左兵衛様と敬称していた。煙草も衣服も蚊帳も与えられたが自殺を
恐れてカミソリなどは与えられなかった。また、義周の前へ出る
諏訪藩藩士も帯刀を禁止された。義周、孫兵衛、新八郎は、
高島城へ到着した後、度々病気になった、高島城南丸一帯に蚊が
多かった事が原因の様で、マラリアだったかも知れない。特に義周は、
武芸等不得手と文献に特筆されているように、虚弱な体質であった為、
病で寝込む事が多く、宝永2年、1705年10月からは、20歳で完全に
寝たきりとなってしまった。さらに、宝永元年、1704年6月2日には、
実父綱憲が死去し、8月8日には、養母、梅嶺院も死去し、身内の
不幸が重なった。宝永3年、1706年1月19日に危篤に陥り、
20日に死去した、享年21。これが、義周の最後であるが、文中に、
マラリヤだったかも知れないとあり、興味深い。
英製薬大手グラクソ・スミスクラインから、開発段階にある、
抗マラリア・ワクチンについて、子どもを対象とした臨床試験で
部分的な予防効果が明らかになったため、販売承認を申請すると
発表があった。300年前に諏訪湖でマラリヤがあったのかどうかと言えば
無いと思うのですが、蚊帳が使われていたので、蚊は多かったようです。
今年は、10月なのに、夏日を記録し、草取りも、草よりは蚊との戦いです。
毎日、蚊に悩まされています。
ではまた、広報担当サマンサでした。


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  • 参考までに
  • 吾輩は猫である (岩波文庫)
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