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一子相伝修身録

此書は身を修め、家を斉る要法書なり、
当家先祖より家を相続の一子へ相ひ伝るの一書なり、
此書一ヶ月ニ一度づヽ毎月見可申候て、
我が身に非なる事あらバ速かに改むべし、
仮初にも不孝不慈悲なる儀致すべからず、
慎しむべし々

一 此書当家秘書之中の極秘なり、他見免すべからず、
   縦へ家分兄弟たりとも必ず他見許すべからず、
   我家の宝鏡也

   寛政六甲寅歳
            秋九月吉日書

寺澤氏直興 (花押)

身修事

一 公儀の掟を守り家業専一に務むべき事
一 正直にして慈悲を忘るゝ事なかれ
一 我が家へ人来ル時ハ何人にても随分愛敬すべし
一 惣じて言語事、多く致すべからず、
   又他の悪くをいふ事なかれ、
   口ハ禍の門、身を亡ほす事火を
   以て毛を焼くが如し、慎しむべし、
一 他人如何様なる儀申掛候とも堪忍致すべき事
一 筆算も十人並に習よし、諸芸も少ハ覚へて、
   強て好むなかれ、家業に障り悪しきなり
一 欲を禁むべき、欲過ぎて損を仕出す、却て禍を生す
一 酒宴遊興を好むべからさる事
一 色欲を慎しむべし、女に心ゆるすべからず万の障り
   家を滅し身を失ふ本也
一 神明仏陀を尊敬仕り奉るべし、神ハ人の敬に依りて
   威を増し給ふ。人ハ神の徳によりて運を添ふ、
   仏法ハ一大事の道理を説給ひ、
   過去現世未来三世因果を教へ給ふ事なれバ、
   尊敬仕り奉るべし、心安楽にして身修る、
   古人曰、仏法ハ王法の外護なりと、
   かく謂バとて法に溺れて財宝をついやすべからず、
   神仏ハ過分の財宝を好ミ給ハず、
   唯正直慈悲心の深きを納受し給へバなり
一 工面上手にて利徳を得とも、時に能く見へ候ても
   後報ひて大きに悪しく慎しむべし
一 貴人を敬へ、我より下の者をあわれミ、
   我が物ハ少々づゝ見のがし、他の物ハ一銭たりとも取る事
   堅く致すべからず
一 父母に考を致し兄弟睦ましく、其外諸親類縁者を随分親しミ
   可申候、縦へ先方にて悪き事にて出入不致候とも、
   手まえよりハ何もかわる事なく出入致すべし
一 農業怠る事なかれ、我侭成る言葉を禁むべし
一 朝寝すべからず、万事人を遣ハず、先づ我れ遣ふ様ニ可心得事
一 婦の色に迷事なかれ、又我が気に入たる人にも油断すべからず
一 屋作衣服飲食等、倹約を相守べき事尚又屋作先祖よりあり来り
   候坪数より外、作り候事堅く無用
一 万の事奢り致すべからず、又吝事を禁むべし
一 器財道具を好むべからず
   器財とハ刀・わきざし・掛物・屏風・膳椀・直口・皿鉢・其外
   品々之類、高直の物の事也
一 博打并かけ勝負堅致すべからず、又遊楽を好むべからず
一 我が家業にあらざる他の業を好む事なかれ
一 約束を違ふ事なかれ、又、偽謂、自慢する事なかれ
一 理屈を立て我を張るなかれ
一 過を文、異見を請取ることなかれ
一 疎を憎ミ親きを贔事なかれ
一 僻嫉根生或ハ諂心の事を禁むべし
一 油断又ハ偏屈を致す事なかれ
一 火之用心を致すべし、少の毒の五尺の身を害す、
少の火の大家を焼く事あり、慎むべし心得べし
一 身の養生可致事、一にハ色欲を戒むべし、過食と美食を戒むべし、
   二ッにハ大酒戒しむべし、三ッにハ心気を遣う事なかれ、
   万病ハ気より生すといへり、たとへバ天に不順の寒暑大風大雨等
   ありて五穀を害する事有り、人にも不慮の災へありとも因果と明らめ、
   心をやすく持べし、○淫酒ハ早死のもとへ、万病是より生ず、
   道三の歌に○人ハ唯食と淫事をつゝしめよ、老彭ひとし其年の数、右の品を慎むとき
   ハ無病長命成る事疑なし、若し病あらバ能き医師を頼み
   灸てんを得て毎月灸を致すべし、
   万事に心を苦しめずして身ハ相応に遣へバ楽なり
一 薬用致候ハヾ良医師を頼み、油断なく療治可致候、たとへ流行候ても風来の医師、
   或ハにわか医師衆、或ハ妙薬等ハ必ず無用之事、
   慎しむべし、又売薬を好むべからず、売薬ハ万病に宜様に製法いたし候へバ、
   軽病ハ格別、大病或ハ長病にかならず用ゆべからず、
   唯薬ハ良医師衆を頼ミ用ひ可申候
一 年々籾子確成人に売るべし
一 籾子等貸し売一切仕るまじく事、或ハ高値にても宜敷と
   申者にハ売べからず、子細あるもの也
一 籾子・木綿の類・惣じて売物等跡相場などに売べからず
一 金子もたくわひ置可申候、人の身の上にハ干損水損其外いか様
   成る災難あるまじきものにてもなし、其節の用心なり
一 貸金致候二も随分確成人二ハ格別貨べし、尤兄弟親類又ハ心安き友等にても
   田地書入証文確に致し可申候
一 金子ハ他所へ一切出すべからず、但し時之宜によるべし、
   遠方ハ尚以堅く出すべからず、欲ゆへに損をした事有、
   つゝしむべし
一 廻し金ハ当時不入之金子外貸し候儀堅無用、猶又口合金等致す
   べからず
一 高金利にても苦しからずと申者にハ油断すべからず、安利二て
   も確成田地有之候者ハ格別
一 利金好ミ却て本金を失ふ事有もの也、欲多くして却て
   大損をする事あり、慎むべし
一 惣じて諸物相調ニも確成商人より相調へ可申候、其上少々の物
   にても売上之書付取可申候、物より過半下直之物ハ買べからず、
   子細ある者也
一 奉公人男女召抱并ニやとひ人致候ニも村方或ハ近村之確成者を
   召抱へ或ハ頼可申候
一 風来居住しれざる者、或ハ不確者ハたとへ給金安くとも一日二日
   之間なれ共必らず無用
一 職人衆を頼ミ候ニも確成心根宜き人を頼べし、たとへ
   作料等安く候とも心之知れざる者か、又ハ居住確ニ不知者ハ少々之間も
   頼事堅く致すべからず
一 人に屋敷を貸すべからず、何程心安き人にも貸すべからず
一 作場まわりの事、手作ハ申におよばず、小作入候田畑度々まわり
   見可申事
一 盗賊用心可致事、たとへ盗人あたり候共、外へ無ざと出べからず、
   家の中にて拍子木打用心可致事
一 家内客来或ハ取込候節か、又ハ大風暗の節等ハ別して火用心并二盗人用心可致候
一 惣じて身の分限を知べき事、百姓ハ朝暮農業耕作の事忘るべからず、
   必ず他の業をうらやミ真似致すべからず、暮し方も我が分限を量り内ばに致すべし、
   禁め戒むべきものハ女色・邪欲・酒・侈・好遊・不慈悲等也、是を専一に慎むべし
一 守り務べき事ハ、公儀之掟の通り家業忠孝仁義倹約を最第一に
   守り務候得バ身修りて家斉子孫長久の要法なり、
   務べし務べし
一 子の仕つけ様の事、幼少より家業を無油断習ハせ可申候、
   縁組致し候ニも我が分量より身帯大きなる人とハ無用たるべし、
   大躰同じくらへの人宜し
一 嫁取ニハ我が分限より少々ハ不足之所ニてもよし
一 武家方とハ縁組かならず無用たるべし
一 嫁取縁組等に持参金を好むべからず、持参金致すニハ子細ある
   物也、或ハ其家に訳あるか又ハ其人ニ子細あるか何れ子細ある物也、
   慎むべし
一 縁組之節衣服万すの仕度等我が分限相応に致すべし、必ず奢た
   る儀致すべからず
一 神仏ハ初にいふごとく尊敬へ奉るべき事なり神仏を心信し奉る時
   ハ神慮に叶、災難を除、家運長久にして渡世安楽たるべし、
   かくいへバとて法に溺るべからず
一 神社仏閣又ハ菩提寺祈願所等勧化奉加等我が身の分限ニ相応に致すべし、
   善事たりといへども我が分に過る則ハ却て禍生ず
一 名聞の寄進等ハ善に似て悪なり、孔子の曰、好事も無きにハしかじと云
一 出雲路明禅法師曰、人もとめて功徳せんより悪をせぬハよきな
   りとしるべし
一 神ハ非礼の財を受給ハず、正直慈悲の深を御喜び給ふなり
一 竜田大明神之神託
   なべての貴きいやしき人、天を祈り他を祭りて、もろもろの神をいのらんより、
   なんぢめが父母によくつかへよ、すなわち両親ハ内外の神明なれバなり、
   内あきらかならで外のミをねかふべからず
一 嫁取或ハ子共を縁ニ付遣し候ニも向方之家柄身帯其人の気質素生等仲人の申斗ニてハ
   実正不知者也、年よりを以て三四人を以て内々聞正し其上に近親類正敷人と得と
   相談致し、其上ニ仲人に口出し候物ニ
   御座候、たとへ仲人親類ニても壱人弐人之言葉斗り
   ニてハ事正し兼る者也、心付べし
一 嫁女の心を知らんとならば、其両親の心根気質を年寄を
   以て伺へ知べし、多分ハ親に似る物なり、惣じて壱人弐人之言葉を信ずべからず、
   正敷人五人斗りも相頼ミ僉議(せんぎ)正すべし、五人之口大方合ひ候へバ
   宜と知る  べし、但し五人ハ五筋之道より五手にして向方之内々を伺ひ聞べし、
   此事其壱人より外之人に知すべからず、只壱人宛に密談致すべし、口伝
一 手習之事、御家流を習へ可申事、唐流等の余流たとへ手書にても
   文字略し有之物なれば、大躰の人ハ読兼る者なり、証文抔ハ一字
   の違にて事の分ぬ事有物なり、手紙も一字読兼ると時の用事
   足らずして大きに事欠、心支の事有也、慎んで他流書事無用
一 に心を許べからざる事、宝永年中九十余歳の老人其子に教訓
   して云く、予五十歳時、或人来り我を方便し事有、日此懇意の
   人たり共人にハ油断致すべからずと老人申伝置しなり、惣じて
   私の身勝手斗申人ハ心底に偽り申心なく共、此方へ取り承り候
   てハ身の害と成候得バ此皆欺るゝなり、又私の身勝手斗り申人ハ
   心にも人を欺す心ある者也、又人を欺すには第一に欲を勧む
   女色を勧め、酒を勧め或ハ其人の好事に付て勧る者也、又身持
   悪き人にハ別して心をゆるすべからず何事に付ても三思一言忘る
   べからず、縦懇意の人たり共油断致すべからず、
   人ハ欲に迷ひて身を亡す、馬ハ血に迷ふと云云、欲過て身を失ふ、慎むべし
一 貸金致候とも確成人にも一人に多く貸すべからず、縦バ銀拾貫目
   貸し候ニハ壱貫目宛十人に貸置べし、自然一人二人異変の者有之
   候ても損亡少なし、壱人に多分貸置候時借主実貞にて書入之
   田地有之証文確ニ致置候ても万一借り主の身の上に付て公事
   出入にて不慮の大金を遣い候○、
   又ハ火難・水難・日損・盗難・難病・夭死等の災難にあい候儀も不知、
   左様の時に至り候てハ何如成丁寧人も致方なく、金主元へ、
   損亡掛ヶるより外無御座候者に候間、其節に至り我が身帯に障り大難渋と成者也、
   此所能々心得べき者也