岡田川一件

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1  乍恐以書付御縋り
  奉申し上候

    犀口上堰組合
     松代御領更級郡
        小松原村
        布施五明村
     布設五明村
枝郷 瀬原田村
        布設高田村
        二ツ柳村
        御幣川村


 右村々奉申し上候松代
  御領犀口上堰之儀者
2 私共六ヶ村
  当御領分同郡岡田村与
  七ヶ村組合用水堰御座候
  而一躰組合堰筋普請
  人足入料等都而(すべて)村々
  高割二御座候処同堰筋
  岡田村分地字二ツ俣与申
  場所江字湯澤尻落入
  候二付打杭並横木等
  臥置(ふせおき)砂除仕候度石砂
  除岡田村二而引請普請
 仕候度右代り犀口定例
  水揚普請入料割合相除
  罷在候然処(しかるところ)右湯澤
  押出シ年増大造二罷成(まかりなり)
3 大雨毎二砂石押入堰筋
 埋り多土手押切候度田
 地砂入並水溢二相成儀
 度々有之右土手普
 請申者大口水留仕候二
 付水下村々用水差
 支難渋至極(しごく)奉存候
 間宝暦年中右二ツ俣江
 湯沢落入差留沢尻
 南江相向ヶ度候段岡田村
 二而者 当御役所様へ
 奉願私共村々者松代
  御役所江願出
4 御双方様より願之通
  任(まかせ)仰付岡田村始右
 下続布施五明村瀬
  原田村二ツ柳村ニ而も
  多分之御高除罷
  成候右ニ而御田水無
  滞(とどこおり)引取難有奉存候
  其節大口右定例水
 揚入料古来之通り
 堰筋惣(すべて)高割合二可仕
 旨岡田村江掛合候処右
 村役人申し候者大口水
  湛(たたえ)笈木縄等私
5 六ヶ村二而差出右笈
  目張菰岡田村二而
  指出度旨申し候処其
  時分ハ犀川強水ノ毎二
  大樋前石砂入込河
  原同様罷成場割
  人足昼夜不限多勢
  相掛り難渋仕候得共
  水溢之儀者僅之
  四尺位之小笈二而相
  済候間右目張菰
  差出候得共水揚入料
6 割合相当仕候二付
  任其意目張菰
  差出候旨年切之様
  仕置候処弐拾ヶ年以前
  より川向相狂此小笈
  ニ而者相済不申弐間
  或者弐間半之大笈
  相建目張之儀菰
  ニ而者用立不申祢古
  多相用漸水揚仕
  候故材木万端先
  年より遥多分之入料
  相増候ニ付堰組合
7 惣高割ニ而入料差出
  候様致度段岡田村より
  数度申し談二及候得共
  当村之儀者入料割
  合除人足壱人ニ付菰
  壱枚宛持参ニ而相済
  割合之儀不承知之旨
  申し限候得共岡田村
計相除候謂無御座候
  間年毎出役之者より
  申談及候処拾余ヶ
  年以前岡田村

8 政五郎犀口出役相
 勤候時節漸納得
  示談仕追々割合
  通茂相談可仕趣を
  以先割合ニ不抱壱ヶ年
  金弐分宛文政七より
  同八両年出金仕候
  而己ニ而同人退役仕
  高割之義調不申候
  間跡役之者より申談
  候処政五郎之節差
  出候弐分金茂申拒
9 不差出割合之儀弥
  以申談出来兼罷
  在候得共御願之儀
  恐入可成夫和談仕
  度両三年以前より
  種々掛合示談ニ及
  候得共一圓不承知
  之旨申聞候右村人足
  普請所より罷出候而
  茂入料割合除之心得
  御座候引立働も不仕
10 見物而己仕罷在候
  犀口三堰与申し上
  中下三堰御座候中
  下両堰之内ニも
  当御領分数ヶ村
  組合御座候得共人足
  入料共都而惣高割
  合ニ而出金仕割合除
  与申成決而無御座候
  近年別而水揚入料
  多分相掛り組合七ヶ
11 村之内ニ而大郷之
  岡田村出金不仕候ニ付
  難渋至様奉存候
  依之奉恐入候得共
  奉歎願候
  御情を以岡田村被
  召出犀口三堰弐拾
  七ヶ村一躰之振合
  承服仕永久睦
  誦御田水引取候様
  御理解仰含仕儀
12 申置候様奉願上
  候幾重二茂御憐
  愍之段奉仰候以上
    真田信濃守様
        御領分

更科郡
小松原村
     名主   忠兵衛
     犀口出役 吉五左衛門
      布施五明村
     名主   勇之助
     犀口出役 銀右衛門
      布施五明村枝郷
13     瀬原田村
     名主   友右衛門
     犀口出役 嘉十郎
      布施高田村
     名主   八郎兵
     犀口出役 義兵衛
      ニツ柳村
     名主   文右衛門
     犀口出役 与左衛門
      御弊川村
     名主   政右衛門
     犀口出役 与右衛門
14     右六ヶ村惣代
       小松原村
     犀口出役差五郎右衛門子
          庄兵衛 
     布施高田村
     犀口出役
          儀兵衛
     御弊川村
     犀口出役 与右衛門
     
  天保九戌年十一月
  上田
   御役所  
       
15 当御役所江
  右之通訴状差上申し候
  ニ付三役人並犀口出役                    十一月十
五日 御會所江
  被 右出右訴状御読聞せ
 儀被下置返答書被
 仰付候ニ付御請仕奉渡候
  罷除
  右返答書左ニ記
  乍恐以返答書奉申し上候
松代御領
      小松原村
16     布施五明村
      瀬原田村
布施高田村
二ツ柳村
      御弊川村
  右村総代小松原村
    訴訟人
       庄兵衛
  布施高田村
犀口出役
       儀兵衛
  御弊川村
   犀口出役
       与右衛門
17 当御領分
相手方
岡田村
  右者今般松代表より
  御仰願頂戴仕当
  御役所江右三人御縋      
  書奉指上候ニ付返答
  書被 仰ニ付乍恐左二
 奉申し上候
 此段岡田村申傳候
 ニ者当村湯澤松代
  御領分對岸澤之
18 儀者往古雨水流
  次第 御双方様土
  御境字番場与申す
  所江流水仕候所夫
  ニ而者御用水堰江
  石砂水不残押入御田
  水之差支ニ相成候ニ付
  御双方様大造儀御積
  出ニ付堰組合申す様御
  用水堰ニ習ひ岡田村
  斗り引請澤筋相立
  是○候様談し上岡田村
  之他江引請其代り犀
19 口大口水揚入料之内    
  笈事ハ向渡岡田村ハ
 高除割合可申す旨
 熟談仕申し候処岡田村
  分地江石砂多く留り
  字土砂免与申す所ニ而
  上ハ水用水堰江落申し候
  所又御用水堰江石砂
  押埋り猶又五明村
  高田村江相分け候用水
  堰ニッ俣与申す所江新田
  之間上水落し入候処
20 是迚茂年を経候ニ
  随ひ石砂夥敷
  押出し申し候二付堰
 組合村々ニ而堰浚
  出来兼無様用水
  堰ニ随ひ南之方江真
  直ニ流し是候様堰並
  村々ニ而申談之上当村
  南町大門組江相続候
  家居左右江相行二付
 申し候而延享三寅年
  奉願上大造儀御引
21 地被儀下五明村境
  迄七町弐拾間新土
  堤願之通被仰付
  普請儀就仕只今
  之通澤筋相立去大
  雨之節者沢々出水
  仕追々砂入御田地
  多分之永荒ニ被成
  住居差支之場処
  も数多有之
  御上様江茂○囲
  御普請被儀下置
22 莫去之御候ヶ金被 
  下申し置出水毎多分 
  之入料相人足等
  差出し村限りにてハ
  人足渡り兼上堰土
  ノ手迄茂押切候様
  成儀も度々有之 
  既ニ天保五午年六月                     中掛白雨
にて字角
  田与申す処上堰土手
  押切其節犀口
  御堰間中江右之義御
23 届申上然ル処却而
  中堰村々より者助人足
  引連押切候揚所
  普請以太し是候処
  組合村々之内犀口戻り 
  之節右場所江参り争 
  論ニ及其上右普請  
  中二御田水差支与号
  し犀口之樋口ノ揚
 水入候様之始末方○
  沢処実合し取計等
  仕迷惑仕候且又文
24 政七八両年出役
  政五郎右為入用候て
  金弐分宛差出し候様
  書面ニ道之此度初而
  承知仕候是迚茂一
  己之了簡を以取計
  置候引於村方ニ者
  一切存不申候其上当
  村人足立働も不仕
  見物而己仕候与申し立
  候儀難得基意一
  躰人足之儀者前々より 
25 仕参りニ而村々笈案○
  込候迄者持参仕候明俵
  ヲ以石俵ニ拵居り又者
  水揚入口川筋石砂
  溜場罷候而遊山
  ヶ間敷見物以太し
  御座候様申す儀決而
  無御座候数又犀口
  之儀も犀川謂村々
  為要審与松代御堰
  守中澤弥七殿三拾年
  来以前目論見
26 犀川上堰筋大口樋
  先江送枠相建度旨
  当村江も被及内様ニ此
  送枠出来候而者上堰
  水揚之為者不覚候得
  共犀川満水之節者
  南岸村々助ニ茂相成
  候得共無様承知仕候
  此送枠其渡者上堰
  之水入ニて者基差支候
  得共只今ハ右送枠ニ
  続新水門相建申し候
  夫度卆責水揚之
27 此笈等川中江相建候
  度長木相用申し候儀之
  右水揚入用多分相掛り
  候者尤ニ候得共住古被
  様通り是迄当村高除ニ
  相成出金不仕候且又
  当時有姿之湯沢
  対岸沢砂石大造之
  澤筋引請候間当村
  亡訴ニも不相掛候姿与
  心痛仕候当方より茂
  御除願頂戴仕松代
28 御役所江御縋申し上
  組合村々よりも右岸囲
  人足入用物出金湯沢
  筋銚子口左右等茂
  相廣ヶ是候様奉願上
  度兼々奉様罷在候
  得共御他領之儀
  御双方様江御免介奉惣
  候茂奉恐入差折罷存候
  処却ニ而先訴仕一旦
  規定仕先年より高除
  之割合迄も弐拾七ヶ村
  一躰之振分ニ仕度段
29 奉願上候儀者当惑
  仕候節者右申し上候通
  松代御役所江御縋り
  申し上度兼々奉存罷
  存候得共此度六ヶ村江
  御除願頂戴仕御訴
  訟申し上候儀幸之技○ 
  ○ニ御座候得共前書ニ
  申上候難渋之澤筋
  両堤年々之打杭
  其部○人足入用も六ヶ村
  ニ而割合差出し是菰○
30 湯澤筋五明村境
  銚子口之所左右江
  廣ヶ水吐相立候様
  訴訟方江御理解願
  含被儀下右両様承
  知以太し候ハバ犀口
  普請水揚入料之儀
  指出し可申し聞右之
  段御改被仕成候御
  理解仕成下置候様
  仮二奉願上候右奉願
  上候通相成候上者双方
  共御領分筋茂相立
31 永続二仕廣大之
  御慈悲与難有仕含ミ
  奉様候乍恐此段以
  返答書奉申し上候以上
    岡田村犀口出役
            忠左衛門
  天保九年戌十一月
       右村長百姓
            勝之助
       同    貞次
同    武右衛門
       同    小林喜九郎
       組頭   庄之助
       同    源十郎
32      組頭   武左衛門
       々    村沢七郎左衛門
       庄屋見習 大沢濱治
       庄屋   大沢愛之助
       同    寺沢慶十郎

  御奉行様
  前書之通返答書
  指上申候ニ付乍恐取次
  奥書印形仕奉指上候以上
   川中島割番
33    青木惣右衛門
  林部官左衛門
   同添役
      青木大助
   同 
      林部五三二郎

  乍恐以書付追訴御縋申上候
    六ヶ村惣代
庄兵衛
儀兵衛
     与右衛門
  今般犀口上堰水揚
  入料岡田村割合
34 請之儀奉歎願候処
  御情ヲ以取扱被
  仰付難有御儀ニ奉存候
  依之松木優司殿当 
  御町抜治殿清兵衛殿
  右三人双方江立入尓
  借書ヲ申し聞是○候越
  左ニ奉申上候
  今般松代御領小松
  原外六ヶ村より犀口
  揚堰入料之義ニ付
35 岡田村江相掛御深頼
  持来御縋願立二打出候
  ニ付私共江立入扱之義
  被役付右ニ付双方迄
  間合仕ニ候処右六ヶ村ニ而
  申し候者犀口揚堰筋
  入料之義近年相○崗り
  候ニ付七ヶ村一統之高割ニ
  仕度段申し候岡田村ニ而
  者所ニ難渋之沢付○ニ對
  岸沢ヲ引請為にて候ニ付
  先年より割合除ニ相成
36 居候越申し候私共取扱
  仕候者岡田村ニ而右沢
  筋満水仕候得共双
  方御田水ニ相滞り候狂
  之義為にて候得者右
  六ヶ村より満水之節ハ
  助人足指出申し手伝
  可申し候致上者岡田村
  ニ而茂犀口入料之義
  者高割合之通相請   可申候○候得共双方
可申し御座候得者双方
  腹立之以兼々者扱人
37 貰請熟談内段○仕候
  右之越○得与熟談仕候
  所一躰上堰筋之義者
  ○而村々ニ難場多御
  座候ニ付助人足等之
  儀茂聊御請仕兼候
  御儀ニ御座候得共
  御上様厚 御慈悲ヲ
  以御取扱被 役付被茂
  下置候処難黙止
  狡又
38 御上様御答○脳○之狂
  義奉恐入候ニ付和触ニ
  相成儀ニ候ハバ右沢々
  ニ付御用水蕗江相拍
  難事出来仕候節者
  組合江助人足指出し
  手伝可申由ニ而扱人
  江私共申候者何迷ニ
  茂岡田村より御取極メ
  被下候様申候処右扱人
  先方江御所談被下候
39 処右村申候者助人足
  ハ而論銚子口切広テ
  候ハバ割合承知可仕与
  申し候由ヲ以取扱手切
  之御改為之候得共
  右銚子口引請候より以
  来下続三ヶ村ニ而者沢
  元岡田村より増而難渋
  相退茂無御座候儀
  を乍扱居右様之義
  を申し居候而者弥々
40 組合悪礼之基与歎
  度奉存候ニ付乍恐
  此段御縋左ニ奉申上候
  今般字犀口上堰
  御用水揚入料割合
  岡田村出金可仕様乍恐
  御縋申上候処右村以
  返答書申上候者右村
  内山谷々より多分押出し
  候湯沢並松代御領対
  岸沢与申小沢往古ハ
41 御双方様大御境迄流水
  仕候処岡田村分地迄
  引請候ニ付大口水揚
  笈割合除申伝杯与
  規定書為取替等
  茂無御座義を請
  手之様○ニ申し上候得共
  於当村々ニ右様之
  儀承及候義決而
  無御座候先御縋書ニ
42 申上候通り往古より字
  二ツ俣与申揚処ニ右沢
  尻流水仕候処右場処
  打杭並横木ホ外置砂
  留仕候義岡田村引請
  普請仕候ニ付閃様之
  上大口水揚入料割合
  除ニ仕置候処年増ニ
  砂石押出し多罷成
  用水蕗押埋メ右上
  続字土砂免与申場
  土手押切岡田村分
43 地砂入並水溢ニ罷成
  水下々村々迚茂水
  溢又ハ場処ニ留○テ水
  等ニ而難渋不極○○ニ奉
  存候ニ付堰組一同
  御双方様江奉願右
  処菰込相止沢尻南江
  払而候ニ付岡田村並
  下続布施五明村瀬
  原田村二ツ柳村御高
  除ニ罷成右ニ而沢筋
44 片付候間用水堰
  筋江指○無御座候ニ付
  猶又堰組内借二而
  大口水溢笈之目
  張菰岡田村ニ而引
  請居右村人足斗り
  壱人ニ付菰壱枚宛当
  年迄茂持参仕候得
  共川○並願ひ先年より
  遠○大笈相建候ニ付
  目張之義菰ニ而者
45 不用○杯○右相用へ
  ○二以多分之入料
  相掛り候ニ付業○残○義
  奉歎願候右割合之義
  岡田村承知仕候得共
  弥以堰筋之儀何ニ
  而茂堰組一同睦敷
  仕度候旦又湯沢筋
  両堰打杭人足又者
  銚子口等之義岡
  田村申し上候得共此義
  者右下続布施
46 五明村瀬原田村
  ニツ柳村ニ茂御座候
  儀前願申上候沢
  筋片付候より以来
  用水堰筋江不招
  別段ニ相成候儀ニ御
  座候除者絵図面ヲ
  以委細申し上度奉
  存候奉恐入候御儀ニ
  御座候得共
  御憐愍之以
47 御勘考岡田村承
  知仕候様被  役会
  被成下置候様幾重二
  茂奉仰候以上
      松代御領
  天保九年 小松原村
  戌十一月 庄兵衛印
      高田村
       儀兵衛印
      御平川村
  上田   与右衛門印
  御役所

48 今般松代御領小松原村
  外五ヶ村より犀口揚堰入
  料之義ニ付岡田村相
  掛り御添願持参御縋
  願立ニ罷出候ニ付私共
  立入扱之義被 役○付候
  右ニ付双方江掛合仕候
  処右六ケ村ニ而申候者
  犀口揚堰筋入料之義
  近年相○候ニ付七ヶ
  村一統之高割ニ仕度
  段申し上候岡田村ニ
49 而者折々難渋沢付ニ
  對岸沢ヲ引受為之
  候ニ付先年より割合除ニ
  相成居候趣申上候私
  共取扱仕候志岡田村
  ニ而右澤筋満水仕候
  得共双方之御田水
  相仕願候役○之義有
  之候得共右六ケ村よ
  里満水之節者助
  人足差出し手傳
  可申候然ル上者
50 岡田村ニ而も犀口入料
  之義者高割合二て通
  り相受可申候左候得共
  双方腹立を以兼々
  者扱人貰受熟談
  内済仕候
     扱人
  十一月  松木俊司
     帳屋  祐治
        清兵衛
  岡田村
   御役人衆中

51 御剪此致年○見候甚出○
  之節御座候得共弥○皆
  図被成御勧様重奉存候
  技者基
  御領分更料郡小松原村
  分地字犀口上堰之儀者
  犀川水引入小松原布施
  五明瀬原田二ツ柳御弊
  川布施高田右六ヶ村並
  当領分岡田村より七ヶ村
  設用水蕗ニ而年々用
  水持場定例普請
  為之候処右入料相割
52 合岡田村前々不差出
  候得共当時無謂割合
  除ニ相成居候由持処近
  年川並改入料相暠○
  弥外組合迷惑いたし
  候○付岡田村江外並割合
  請之義年来申様ニ被
  及候得共涸急注之難渋
  之由ヲ以岡田村江利解
  申聞候様願被出度旨六ヶ
  村申出為之業余儀ニ
  も御聞被候外付為○惣代
  小松原村犀口出役善五左兵衛門
53 子庄兵衛御弊川村同
  与右衛門布施高田村犀
  口出役儀兵衛右三人
  之者被差出委細ハ同
  人承り計り上可致被
  斗候様委曲承知以多し候
  右三人之者与里縋
  書被差出遂熟談候
  之処去る儀無余義
  味ニも相聞候間岡田村
  之者共呼出し早々
  利解申聞候処右犀
54 口水揚之義ニ付而者○
  以及白茶之品者右
  来謂為○之不差出候
  儀ニ而是迄連綿い多し
  不出来分含委細ニ申し
  壱旦岡田村難渋之
  始末遂一申立是迄
  右村難渋之始末を
  以助合之儀も其御
  請役場迄願立度段
  申出も致度存居候
55 得共御追願与申隣村
  続之儀何事も睦敷
  申願可致処弐入テ間
  論義相始万一節立
  候様相成候而者如何敷
  儀ニも存無様指拍罷
  在候得共此度幸之
  時ニも為之候岡田村
  難場之儀も元より
  相對致候場所二茂候
  間様亦助力之義申し
56 続此段堰組合一同
  承知之上者犀口入
  料之儀も七ヶ村割合
  ヲ受可申し段申之縋書
  面与按外之相遥ニ而
  利解之場ニ茂無之
  無様曖人申付内済
  致熱談候様双方江長
  々申し聞候得共調兼
  何分被斗方茂無
  之依之者御役場ニ
57 岡田村之者共差出
  御利解被下候ハバ綻
  口付候場も可為之
  外ニ存候而一先両村
  之儀申渡候此上御
  手数之儀ニ者候得共
  岡田村之者御呼出し
  御利解被続聞被下候
  様致度奉存候御呼出し
  日限被続越次第村方
  より早々可申付候且岡田
58 村申二而之決書面ニ
  為致被二て此度右
  写惣御目○候間御境
  被下御見通之儀茂為○
  二て候ハバ猶又無御遠
  急被信越可被下候無段
  御報壱可得急如無
  御座候以上
   十二月
  当村之者○得候様右○○
  之写極月十三日御下テ被領分○○
  置候
59 高物○候様喜坂三郎兵衛
  藤井喜内様成瀬源太夫
  十一月十二日御添願持参
  十三日
  加じやニ而村瀬様江御縋出
  上ル同日御会処江三人御
  呼出し
  十五日
  岡田村御呼出し一通り
  御尋有之返答出於
  御泙席被役二付訴状
60 御下テ有之
    庄屋
     寺沢慶十郎
    々
     大沢愛之助
    組頭
  十五日  源十郎
  御呼出し 長百姓
  人数    貞 治
    犀口出役
       忠左衛門
    割番
  立番   林部五三二



61 天保十年亥
    岡田村
     寺沢慶十郎
     大沢愛之助
     組頭 源十郎
長百姓貞治
     出役 忠右衛門
    今井村
        林部五三二
  右之被氏明十九日五ツ時
  ○処呼出し二候間無達越○○
  相出候様可申し付候此段
  申し達す以上
  十一月十七日
        村瀬孫三郎
        曽根義右衛門
62 本役
  割番中
  処所○○

  御別紙之通時十九日
  御呼出し候以て○○事二
  無達○越罷出御候様御申付
  候成も此段得候置候以上
  十一月十八日   割番

   岡田村
     庄屋中
  右御役所  之不呼出
    庄屋
       寺沢慶十郎
    大沢愛之助病気に付
    見文被庄屋見習
       大沢濱治
63   源十郎病気に付
引受組頭
       式左衛門
    長百姓
       俊左衛門
    犀口出役
       忠左衛門
   今井村
    林部五十郎
    病気ニ付引受
    右村組頭
       源六
   割番代
   中氷鉋村庄屋
     青木鉄五郎
   以上
   十一月十九日
  松代御役処江
  上田御奉行様江奉御書願写
64 以剪紙致願上候秋頭相
  暮候得共弥御此七箇処成
  御助○者奉存候然者去年
  中当領分更級郡小松原村分地
  字犀口上堰水引入組合共
  御領分岡田村用水定例普請
  入料差出方之義ニ付当領分
  小松原村外五ヶ村相願候一条
  総代三人之者差出御聞記
  その上可置○御被斗取下度趣
  得共其三人之者より茂縋出
  差上御惣願取下岡田村之
  者御呼出御理解被仕二付候
  処右入料之処不差決○右
65 来之謂委細申し立候岡田村
  難渋之妨来遂一申し立者始○
  末を以助合之儀も当致助
  迄願立度申義も致願度候
  得共隣村続出入ヶ間決○義
  相始万一節立候様相成候
  而者如何笈儀二も致持捺払○
  居候得共此度幸之時ニも
  旨ニて岡田村越切之儀も
  元より相對願候場所二も候間
  役又助力之義申後堰組合
  承知之上者犀口入料
  七ヶ村割合二而金申段申し置
  右ニ付呼出人被○○内済
66 致熟談候様双方江被仕會
  仰下候共調○様之岡田村
  之者江理解致候ハバ双方
  被○候兼も可○者外迄一先
  帰村被願後岡田村理解
  候様被願聞時義日限得
  基を此方被仰後可被下
  且岡田村申立候書面写
  為御見被下見込候ハバ様又
  相得共迄旨委細御紙○
  其趣致承知候岡田村申立
  候趣差會組合村々迄申聞候
67 処当又別紙写し廻申立
  此趣二而者双方申争調募り
  村二○差建○縋候二も○り
  可申茂急と御近願様ニ
  隣村陸合ニて簾ニも○候
  事ニ付支配下致之者共
  出御手より茂出役被差出被
  下場処見分之上双方
  打合村方迄尓続申除○
  熟談相成候様致度右趣
  御承知御支配申迄被○御座
  被下候者出張日越も被
  佐下度○を支配之者
  トも可申敷奉致し
68 疾二も右之候得共○
  別○候処支配場にて被久々
  病気○度迷迷廻候此○
  候得共○度如致御座候
         以上
        祢津○助
  九月廿三日 藤井喜内
        馬場介州
  彦坂三郎兵衛様
  成瀬孫太夫様
  
  小松原村写六ヶ村之者共立候
       表紙二て
69 乍恐以六ヶ村奉願候
  私共村々組合用水上堰大口
  水揚定例普請入料岡田村
  割合除之義二付去年中
  奉願御訴状頂戴
  上田御役場江御理解願
  出候処御返簡迄相成却而
  岡田村より之願書御送被成
  右申し立ニ者
  對岸沢押出難渋引受居
  候ニ付定例笈一色之者○
  前々より割合相除候置且又
  湯沢筋字銚子口沢幅
  狭土砂押出し被○吐出兼難
70 渋仕候間年来切広申度
  改○込御座候処此度幸ひ
  切広ヶ致仕度段願書為
  御続聞之上当村之以致
  御守御座候
  此段對岸沢押出難渋
  岡田村ニ而引受居候致候処二
  定例普請笈一色割合
  除居候迄申立ニ御座候得○共
  對岸沢者申ハ湯沢筋迄
  落合斗り候場処而沢筋
  ○○以可候にても無御座候
  間別段岡田村引受者
71 申し謂無御座処々沢々落
  合ニ而一名湯沢迄相唱候共
  對岸沢迚も処沢々之内
  二御座候間用水蕗二者惣
  而相詰り候義二者無御座去
  年中奉願候通右湯沢
  用水蕗字ニッ俣江落込
  相止沢筋南江相向候節
  より犀口水堰目張菰
  岡田村ニ引受候二付其代り
  笈等之分割合除仕置
  候間去年中追○も右村斗
  人足壱人ニ付菰壱枚
72 宛持参仕候義様○○ニハ
  御座候て年○右村ニ
  而明俵千五百余も指出
  候義も御座候処近年
  川並抱ひ大笈相建
  候ニ付目帳之義菰ニ而不
  用立様ニ調用三寸以
  多分入料相○候ニ付奉
  願候儀ニ而対岸沢ニ○り
  割合除与申儀聞而無御座
  候旦又湯沢筋字銚
  子口沢幅切廣之致
  相願候処沢下布施五明
73 瀬原田両村者右銚子口
  下ニ而滝沢与申大沢
  引更両沢落込ニ而土砂
  押出し難渋仕候義者年
  々御苦悩相成候通
  布施五明瀬原田者元より
  引受之沢ニ而岡田ハ沢筋
  南へ曲ケ候而川筋智々○被
  其筋之趣旨○として入料
割除二相成迄奉為○しも
  様候除之場所土砂押出
  ニ而亡所ニ相成候右三ヶ村
  之儀者沢元岡田村より
74 格別之難渋引受御座候ニ
  付岡田村ニ而沢普請○ニ而
  犀口水揚入料難差○義
  旨申候処相惣○候○者此
  三ヶ村ニ而成難差義筋与
  奉願○々○候等趣二御座
  候処此上銚子口切廣ヶ二相
  成候ハバ○方も有御座
  間○歓ヶ委儀二奉○も
  隣村之義二付め○つ様二
  も訓○合仕度心得御座候
  得共右申上候通り御座
75 候て者切廣之取も承
  服難仕義ニ奉願候
  右御尋○ニ付以願方申し上候
  去年中 上田表江御縋二
  被義候節絵図面ヲ以委細
  申上度旨申上候得共絵図
  面御被見も不被成下
  岡田村江置合等も不被
  仰二付御返箱○二相迷○候奉
  恐入御義御座候共以
  御請○此上用水蕗並対岸沢
  より湯沢筋二ツ柳村分地
  迄夫々
76 御双方様御立會御見
  分之上御理解被成下
  和談二相成様一同奉
  願上候義二ても
  御情熟○○之致奉仰候以上
         小松原村
  天保十年亥十一月 名主 利左衛門印
           出役 秋吉  印
           同断 岡○八郎 印
           長百姓重右衛門印
           出役 晋五左衛門印
         布施五明村
77         名主 南○○ 印 
出役 池右衛門印
         瀬原田組
          名主 市左衛門印
          組頭 喜清雄 印
          出役 嘉十郎 印
         布施高田村
          名主 弥三郎 印
          組頭 八○治 印
          長百姓久兵衛 印
          出役 儀三郎 印
         二ツ柳村
          名主 茂右衛門印
          組頭 義右衛門印
78         同断 喜左衛門印
          長百姓文左衛門印
          出役 与左衛門印
         御弊川村
          名主 吉兵衛 印
          組頭 栄吉  印
          長百姓安三郎 印
          同断 政右衛門印
          出役 与右衛門印
  御奉行所
79 御○紙致相○候而○○之
  苦ニ御座候得共弥御候而囲ニ
  ○成御筋様二者ニ奉以○
  罷者去年中者御領分
  更級郡小松原村分地字
  犀口堰水引入組合当
  領分岡田村用水定例
  普請入料差御被之様二付
  御領分小松原村外五ヶ村打願
  候一条惣代三人之本座差出
  付記之上可○被斗候様
  御惣合○者之三人之者外も
  張出被差出様被○見岡田村
80 之者呼出理解申他○候処
  右入料之処不差出候古
  来之決委細申上旦岡田
  村難渋之始末随一申被
  右始末ヲ以助合之義も
  基御役場江願立様度
  致御座候得共隣村続キ出
  入ヶ間度儀相始万一候節
  無候様相成候ハバ女で度
  義ニも致差御座候得共
  此度幸之時二も○○
  岡田村願場之儀も
81 素より相對致候場処二も
  候間願又助力之様申候
  堰組合承知之上者犀口
  入料七ヶ村割合請可
  申候申而右二付愛○人
  申し付内済熟談致候様
  双方江申会候金惣兼
  依而岡田村之者江御理解
  被仕含被下ハバ双方和候
  兼も可被之○二付一先
  帰村申渡し御呼出二付様
82 御担合次第差出し可申
  且岡田村申立被書面写
  し入御願御見込も御座
  候ハバ被得座候之様及御担
  合弐出候処岡田村申し立之趣
  御差會組合材々江被様聞
  候決申し申立二書面写御見セ
  被下右之趣ニ而ハ双方
  申争相券村ニ歩差○
  縋候場二玉り可申し入れ兼
  々御迫願株二隣村睦合
  含之兼○二も○候事二
83 付御支配御下致し而候
  被差義当方よりも出役
  揚出場処見不之上双方
  打合村方江尓続申し愉し
  熟談相成候様被茂度右
  之趣支配之者江申し渡候間
  切張候様も得御座候ハバ
  御但い御支配之衆江被○○
  度御紙面之趣委細致
  承知候乍去御迫願様二
  何○も続村之事二も御被
84 候得共可相埋土内塾
  為致度奉為も旦別越
  堰組合申無之内掛者共
  ○萬無一統も不致候而
  及追願候様御奉候処
  是ハ而被助惣代三人申立
  之価廉々去○様之義者承
  込残ニ場処入料ひ之
  論二も此之必旦欠入料
  割合申度趣ニ付絵図
  面之不及候佐吊之岡田村
85 之者共呼出し理解
  申決候処業候之義共
  ニ御座候間左ニ而天より
  岡田村ニ而も其御役場
  迄願出申度致居候儀
  ○御理解之上扱人
  ニ而も御但被下候ハバ落去
  一而茂二致其様ニ返揃相
  後残村○致候様申渡候
  義ニ而末絵図面写相記候
  場合ニ却候義者済候左
  様ニハ候共場処見不之
86 村方ニ而も好ミ各様ニも
  可残御見込被成候ハバ
  是よりも見分出致差出
  可申候間日様之趣ハ其
  御方二而御被極御報二
  被様趣○ハバ此段 
  様又御掛合口節○
  可得候共○此二御座候以上
       成瀬孫太夫
  十一月  長坂三郎兵衛
  高場介飛様
  藤井喜内様
87 根津譲之助様

  右之通御立会御見分之旨被以来
  付当村より差上候御上出
  
  乍恐以口上書御伺奉申し上候
  先日犀口一件之義ニ付間承
  願候趣一同二申し聞候処御立会
  御見分之儀者本家御見○
  度掛合此上者
  御公裁二相成り候共致甚○
  此之候間依ッて右之趣
  以候上○御伺奉申上候以上
        岡田村
  天保十一年 組頭 庄之助
   亥十一月  同  源十郎
88        々  成右衛門
         々  村沢本左衛門
       庄屋見習 大沢濱治
         庄屋 大沢愛之助
         々  寺沢慶十郎

  御役所様
  右之通相徳奉差上候処御被用
  無御座候二付指出願出し差上申し
  
  乍恐以口上出奉申し上候
  
  犀口一件之義先日被 仰付候
  御立會御見分之義奉畏候
  訴状○向方六ヶ村之申被
  等去年中私共御答申し
  上候義者ハ此ニ而齟齬致候
89 趣對岸沢二不担願而山崩之
  儀者当
  御領分 松代様御領分之山
  崩次第風当之節東之方迄
  土砂押出し用水蕗押埋
  堰組合村共甚難渋仕候二付
  右○土砂水難除ト流来付五ヶ
  村ニ当村迄六ヶ村ニ而計跳候○
  大残度ヲ奉願当村於て年
  々○之内流○来付五ヶ村之
  出役当村迄参り堰御余り
  仕当村之内字番場与申す
  御領分大始○江奉効請候是
  間之義も○○用水蕗江差
  渋り○候右往昔より只今迄至迷
90 右躰之例も至り而候且者
  田植二而被中ニ而も風年至り○之
  候得共砂石押出し候而堰渡
  ニ甚難渋仕様又用水干れ
  いたし御田水之差出尋
  堰組合村中流来之村共
  甚○難渋仕候間当村之地斗
  迄引受御用水ニ不差続様
  ニ仕○○○犀口水揚入料
  笈一色之儀者御高割
  除迄申義住昔より申伝居
  候義共去年中も御答申し
  上候様又犀口入料相嵩り
91 候趣往古ハ迷枠と申ハ無
  之候得共三拾年来以前ニ
  為岸囲迄迷枠を犀口水
  揚場之上江相建候処水蕗○
  二大笈写相用候間六ヶ村
  ニ而ハ入料夫残も相嵩り候
  而申し立仕候此迷枠之義者
  犀口用水之水揚ニハ忘迷
  惣仕候且又往古沢引受候取
  与ハ遠○ひ様別山崩多分
  二被成砂石押出二候処当
  村迄五明村地続之処字
  銚子口沢幅狭く御座候間
92 溢水之節当村之内多分
  砂相溜り○難渋之義申
  上置候乍去右之沢共往昔
  様ニ而御座候ハバ上堰勿論
  中下堰迄も可差除迄奉
  致候○○当村ニ而熟談
  二而後より水揚入料笈
  一色ハ指出し不来処様又
  至改め之難沢共ニ御座候者
  御双方様御見分之節ハ
  湯沢並瀧沢払湯之
  落差銚子口間乍恐
  御立会御見分可被成下候
93 様二奉願上候以上
      岡田村
  天保十年  組頭 庄之助
   亥十一月 々  源十郎
        々  武左衛門
        々 村沢本左衛門
      庄屋見習大澤六左衛門
       庄屋 大澤愛之助
        々 寺澤慶十郎

  御役所様



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